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レベル999の最強勇者になったのに、左手の結婚指輪(呪い)が嫁の説教を再生し続けてくる件  作者: セルライト
第一章:黄金の檻と「最強」の退屈

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第7話:最終決戦! 魔王の誘惑 vs 勇者の残業代


四天王全員が、健一の放つ「生活感という名の精神汚染」によって再起不能となり、魔王城の最深部――『終焉の玉座』の大扉は、もはや紙細工のように粉砕された。

レベル999の魔力が、健一の全身から黄金のオーラとなって噴き出している。だが、そのオーラの中心にいる男の表情は、救世主のそれではない。日曜日の夕方、サザエさんの放映が始まった瞬間の絶望を煮詰め、そこに「明日への不安」をスパイスとして振りかけたような、形容しがたい悲哀に満ちていた。

「……来たか、異世界の勇者よ」

玉座に鎮座するのは、漆黒の角と翼を持ち、深淵そのものを纏ったような絶対強者、魔王ルシフェル。彼は手に持った髑髏の杯をゆっくりと置き、健一を射貫くような眼光で見つめた。

「我が精鋭たる四天王を、剣も魔法も使わず、ただ『愚痴』と『生活苦』だけで壊滅させるとはな。貴様、一体この世界に何を求めている? 権力か? 不老不死か? それとも、我が首を獲って得られる永遠の名声か?」

健一は一歩、また一歩と、魔王の威圧感を踏み潰しながら歩み寄る。その足取りは、満員電車で奥の席が空いた瞬間に突き進むサラリーマンのような、凄まじい推進力を秘めていた。

「名声? 不老不死? ……笑わせるな、ルシフェル。そんなもん、一円の得にもなりゃしねえよ」

健一の声が、魔王の間に低く響く。

「俺が欲しいのはな……『残業代』だよ。それから、美紀に内緒で買った、最新のワイヤレスイヤホンの『隠し場所』だ」

「……ザンギョウダイ? イヤホン……? 貴様、この世界の命運を懸けた決戦の場で、何を口走っているのだ」

ルシフェルは困惑し、思わず玉座から立ち上がった。彼はこれまで数多の勇者と戦ってきた。彼らは皆、「正義」や「復讐」、あるいは「世界平和」を叫びながら挑んできた。だが、目の前の男が纏っているオーラは、それらとは根本的に質が違う。

「ルシフェル。お前はいいよな。こんなデカい城に住んで、家賃も固定資産税も払わずに、部下たちを顎で使ってさ。お前、自分の食費が月にいくらかかってるか、把握してるか? 美紀はな、スーパーのチラシを三枚並べて、一円でも安い鶏肉を求めて自転車で三キロ走るんだぞ。その三キロの走行距離が生む『一円の重み』が、お前に分かるか!」

「……わ、分からん。我が軍の兵糧は魔力で生成されるゆえ……」

「だろうな! だからお前は、俺を倒せないんだよ!」

健一が聖剣を抜いた。その刀身は、健一の「家計への不安」を吸い込み、どす黒いほどの輝きを放っている。

「いいか、ルシフェル。俺はこの世界に来てから、ずっと考えてた。……ここでは、誰も俺を叱らない。誰も俺の無駄遣いをチェックしない。俺がどれだけ贅沢をしても、誰も『あんた、将来のこと考えてんの!?』って怒鳴ってくれない。……そんな世界、神様になったって、ちっとも面白くねえんだよ!」

ルシフェルは鼻で笑い、右手を掲げた。

「ならば、その苦しみから解放してやろう。我が究極奥義『虚無への回帰ゼロ・ディストピア』! これを受ければ、貴様の精神は全ての執着から解き放たれ、ただの石ころと同じ静寂を得る!」

魔王の指先から、宇宙の終焉を思わせる漆黒の波動が放たれた。触れるもの全てを概念ごと消し去る、魔界最強の絶滅魔法だ。

「……はは、静寂か。いい響きだな」

健一は避けない。波動が直撃し、彼の肉体を侵食し始める。だが、健一は薄笑いを浮かべたまま、一歩ずつ前に進み続けた。

「でもな、ルシフェル……。美紀が朝の五時に、目覚まし時計をスヌーズした俺に向かって叩きつける、あの冷たい『濡れタオル』の衝撃に比べればな……。お前の『虚無』なんて、ただのぬるま湯なんだよ!」

「な、何だと!? 我が最強の魔法が……日常の嫌がらせに負けているというのか!?」

「嫌がらせじゃねえ! 愛だよ、それは! ……多分な!」

健一は魔法の奔流を力ずくで引き裂き、魔王の鼻先に肉薄した。左手の指輪が、かつてないほどの激痛と光を放つ。その光の中に、現実世界の光景が鮮明に浮かび上がった。

散らかったリビング。

山積みの洗濯物。

そして、不機嫌そうな顔をしながらも、健一の帰りを待って(あるいは寝落ちして)ソファで丸まっている美紀の姿。

「……ルシフェル。お前、神にならないかって言ったよな。でもな……神様になったら、有給休暇は取れるのか? 働き方改革は適用されるのか? 土日に美紀とイオンに行って、フードコートでうどんを食べる、あの何でもない幸せを、神様は保証してくれるのか!?」

「……イ、イオン? フードコート……?」

魔王の思考は完全にショートした。彼の数千年の知識の中に、そんな単語は存在しない。だが、健一の瞳に宿る、銀河を焼き尽くさんばかりの「生活者の意地」は、本物だった。

「俺は、神になんてなりたくない。俺は……美紀の『家来』で十分なんだよ!」

健一の聖剣が、魔王の胸部装甲を粉砕した。

それは正義の力ではない。

それは、明日の朝、美紀に「ごめん、また飲み会で遅くなった」と嘘をつくための勇気。

そして、来月の小遣いアップを勝ち取るための、命懸けのプレゼンテーション。

その全ての執念が、一撃に凝縮されていた。

「ぐ、あああああああああッ!!」

魔王城が崩壊を始める。

魔界の王、ルシフェルは、一人のサラリーマンの「日常への帰巣本能」に敗れ、光の中に消えていった。

「……終わったのか。ケンイチ様……」

リリナたちが駆け寄る。崩れゆく城の中で、健一は左手の指輪をじっと見つめていた。指輪の黒い靄が消え、美しい銀色の輝きを取り戻している。

「……ああ。終わったよ。……さあ、帰ろうぜ。俺たちの、本当の戦場へ」

健一の目の前に、光のゲートが開く。

その向こうには、彼が守りたかった、騒がしくて、面倒臭くて、世界で一番温かい「地獄」が待っているはずだ。

「さよなら、異世界。……次に来る時は、せめて『単身赴任』でお願いしたいもんだな」

健一は自虐的な笑みを残し、光の渦へと飛び込んだ。

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