第4話:環境破壊! 精霊の森を「アスファルト」で固める
黄金の都ギルデスタが、健一の放った「一兆円配布という名のインフレ爆弾」によって、文字通り金貨の重みで圧死し、経済という概念が消滅した翌日。
佐藤健一は、世界で最も美しいと謳われる聖域『精霊の森・シルヴァニア』の入り口に立っていた。
そこは、樹齢数千年の巨木がそびえ立ち、空を舞う精霊たちが七色の鱗粉を撒き散らし、流れる小川は飲むだけで万病を治すという、異世界の「生命の源」とも呼べる場所だ。
「勇者様……お願いです。ここだけは、ここだけは壊さないでください……!」
リリナが、健一のボロボロになったマントの裾を掴み、泥にまみれた膝をついて懇願した。
「ここは世界の心臓なのです。ここが枯れれば、大気は淀み、魔法は消え、この世界は本当に死んでしまいますわ!」
健一は、美しく輝く精霊の翅が舞う幻想的な景色を、死んだ魚のような、それでいて異様に殺気立った目で見つめた。
「リリナ。美紀がよく言ってたんだよ……」
その、低く、湿り気を帯びた声に、リリナは身体を震わせた。最近の健一が語る「美紀の教え」は、もはや聖典の言葉よりも重く、そして呪いのように世界を侵食している。
「『落ち葉ってね、風情があるとか言ってるのは見てるだけの部外者なのよ。毎日掃いても掃いても降ってくるゴミを、あんたが一枚ずつ拾ってみなさいよ。腰が砕けるわよ!』……ってな」
健一は一歩、聖域の柔らかな苔を踏みしめた。
その瞬間、森の守護者であるエルフの戦士たち数千人が、木々の間から姿を現し、一斉に弓を引き絞った。
「止まれ、破壊の勇者! 聖都と商都を滅ぼした貴様の狂気、この森が飲み込んでくれるわ! 自然の怒りを知るがいい!」
「自然の怒り? ……笑わせるな」
健一は左手の結婚指輪を、愛おしそうに、そして憎しみを込めて撫でた。
「お前ら、台風の翌日に、ベランダに吹き溜まった濡れた落ち葉と泥を、冷たい水で洗い流したことがあるか? 側溝に詰まったヘドロ交じりの枯れ草を、腰を痛めながら掻き出したことがあるか!? 美紀はな、その作業を俺に命じる時、一ミリの妥協も許さないんだ。……自然なんてな、手入れする側にとっちゃ、ただの『終わりのない重労働』なんだよ!」
健一がレベル999の魔力を、足元の地面に叩き込んだ。
だが、それは破壊の爆発ではない。
異世界の「土」と「岩」の分子構造を無理やり組み替え、超高熱で圧縮し、一瞬にして硬化させる――現実世界の技術を魔力で再現した**「超速・土木工事」**だった。
「……何だ!? 地面が……地面が灰色に変わっていく! 草が、花が、石のように固まっていくぞ!」
健一の足元から、無機質な灰色の平原が急速に広がっていく。
それは精霊の森の柔らかな土を飲み込み、美しい花々を圧殺し、根こそぎ「アスファルト」のような硬い大地へと変貌させていった。
「精霊の翅が舞ってて綺麗だな。……でもな、美紀は言うんだ。『こんなヒラヒラしたゴミが洗濯物についたらどうすんのよ! 外に干せないじゃない!』ってな!」
健一は空に向かって右手を掲げた。
「除草だ。……徹底的にな!」
レベル999の熱線が、空を舞う精霊たちを焼き払うのではない。
彼らが好む「魔力」そのものを大気から吸い出し、森全体の湿度をゼロにする。
数秒前まで楽園だった森は、一瞬にして「乾燥した砂漠」のような無機質な空間へと変質し始めた。
「勇者! 貴様、何という大罪を! 精霊たちが……森の声が消えていく……っ!」
エルフの長老が、絶望のあまり血を吐いて倒れた。
「声? 聞こえねえよ。俺の耳に聞こえるのは、土曜日の朝八時に美紀が回す、あの爆音の掃除機の音だけだ。……いいか、お前ら。世界を美しく保つために犠牲が必要だっていうなら、俺は迷わず、この森を『広大な駐車場』に変えてやる。管理コストが一番かからない、平らで、無機質な、灰色の荒野にな!」
健一の魔力によって、樹齢数千年の巨木たちが次々と「剪定」という名の伐採を受けていく。
枝は落とされ、葉は消え、ただの棒切れのような姿に成り果てて、アスファルトの大地に突き刺さる。
「……ケンイチ様。あなたは、本当に……」
メイが、杖を落としてへたり込んだ。
「この世界の『命』を、ただの『ゴミ』として処理している……。魔王様だって、こんな残酷なことはしなかった……」
「魔王はな、この世界を支配したかったんだろ。……俺は違う。俺は、この世界を『空っぽ』にしたいんだ。……美紀が、大掃除の最後に、空になったゴミ袋を掲げて言うんだ。『ああ、スッキリした。これでやっと、自分の時間が持てるわ』ってな。……俺も、この世界という不法投棄物を全部片付けて、自分の時間(現実)を取り戻したいだけなんだよ!」
健一は、アスファルト化した大地を力一杯踏みつけた。
レベル999の振動が、森の地下深くにある「大地の脈動」に直撃する。
地球の自浄作用を司る精霊王が、怒りと共に地表に姿を現した。
『愚かなる人よ……自然を、生命を侮辱する報いを受けるがいい!』
巨大な植物の化身が、健一を押し潰そうと襲いかかる。
だが健一は、その巨大な蔦を、まるで古新聞を束ねる紐のように素手で掴み取った。
「……精霊王。お前、自分の体がどれだけ『処分に困るサイズ』か分かってるか?」
健一の目が、爬虫類のような冷たさで光った。
「美紀はな、デカい粗大ゴミを出す時、必ず俺に言うんだ。『あんた、これノコギリで細かく切りなさいよ。そのままじゃ回収してくれないんだから』ってな。……お前のそのデカい体、自治体の指定する『30センチ四方』まで、一晩かけて切り刻んでやろうか?」
「……っ!? な、何だ、この男から溢れ出す、理不尽なまでの『片付けの義務感』は……!?」
精霊王は、生まれて初めて「恐怖」を感じた。
それは、死に対する恐怖ではない。
「自分という存在が、ただの『面倒なゴミ』として分類され、事務的に処理されること」への、根源的な尊厳の破壊だった。
健一の手から放たれた高圧縮の魔力が、精霊王の巨体を物理的に「パッキング」していく。
数秒後、世界を司る偉大なる精霊王は、透明な魔力の膜に包まれ、四角いキューブ状に圧縮された「資源ゴミ」のような姿で地面に転がされた。
「……よし。これでここも、掃除しやすくなったな」
健一は、かつて森だった「巨大なアスファルトの更地」を見渡した。
もう精霊は歌わない。
小鳥はさえずらない。
そこにあるのは、風だけが虚しく通り過ぎる、管理の行き届いた「死の静寂」だ。
「……システム。聞こえてるか。信仰を壊し、金を消し、自然を固めてやった。……次は、この世界の『歴史』だ。お前らが誇る、英雄譚の記録を……俺の『シュレッダー』にかけてやるよ」
健一の背中を、リリナたちはもう追うことができなかった。
彼らが救世主だと信じていた男は、今やこの世界にとって、魔王よりも質の悪い「究極の解体業者」となっていた。
健一は、無機質な灰色の地平線の向こう、世界の理が記録されているという『大図書館・アレクサンドリア』の方角へ、迷いのない足取りで進んでいく。
左手の指輪は、世界の命を吸い込み、さらに黒く、さらに美しく、絶望を反射して輝いていた。




