第3話:経済崩壊! 黄金の都を「インフレ」が襲う
聖都エリュシオンが、健一の放った「聖都丸ごと不燃ゴミ扱い」の暴力によって、歴史上類を見ない瓦礫の山へと変貌した翌日。
健一は、異世界最大の商業都市にして、全世界の富が集中すると言われる『黄金の都・ギルデスタ』へと降り立った。
背後には、もはや止める気力すら失い、魂が抜けたような顔で付き従う聖女リリナ、猫耳騎士クロエ、魔導士メイの姿がある。
「勇者様……次は、この都を壊すのですか? ここには世界中の食料も、薬も、何もかもが集まっているのですわ。ここを壊せば、罪のない民が飢えてしまいます……」
リリナの悲痛な訴えに、健一は黄金の門を見上げながら、鼻を鳴らした。
「リリナ。美紀がよく言ってたんだよ。『安いからって買い溜めするな。結局腐らせて捨てることになるんだから、それはゴミを買ってるのと同じよ』ってな」
健一の目には、立ち並ぶ豪華な商館や、溢れんばかりの金貨を数える商人たちの姿が、ただの「在庫過多の不良債権」にしか見えていなかった。
「……ここを維持している『金』こそが、この世界を存続させるための栄養源なんだろ? あのシステム野郎が、俺をバッテリーにしてこの箱庭を動かしているなら、その『燃料(金)』を無価値にしてやるのが、一番の近道だ」
健一は都の中央広場へと突き進んだ。そこには、世界経済の指標となる巨大な「黄金の天秤」が設置されている。
「止まれ! 勇者ケンイチ! 聖都での暴挙は聞いている。だがここでは剣は通用せんぞ! 我ら商売ギルドが動けば、貴様への補給路は全て断たれ、一日の宿すら――」
ギルドマスターの肥満体の男が、何百人もの私兵を従えて吠えた。
だが、健一は聖剣すら抜かなかった。彼は左手の指輪をさすりながら、冷笑を浮かべた。
「宿? 補給? ……笑わせるなよ。俺はな、美紀に『あんたの今月の小遣い、五千円カットね』って一言言われただけで、昼飯を抜き、喉の渇きを公園の水道水で潤し、一週間を百円で過ごした男だぞ。お前らの小細工なんて、あの『家計の強制執行』に比べれば、ままごと以下なんだよ!」
健一は懐から、魔王の宝物庫から適当に持ち出していた「賢者の石」や「伝説の金剛石」といった、この世界では一国を買えるほどの超高価値アイテムを、無造作に地面へぶちまけた。
「……あ? 何をする、勇者。そんな国宝級の財宝を泥まみれにして……」
「これか? 価値があるのか? ……美紀に見せたらな、『何このガラス玉。場所取るからメルカリに出しなさいよ。送料の方が高くつきそうね』って鼻で笑われるレベルだわ!」
健一はレベル999の魔力を、その「財宝」たちに叩き込んだ。
瞬間、賢者の石が、金剛石が、そして周囲の金貨が、眩い光を放ちながら**「増殖」**を始めた。
「な、なんだ!? 金貨が……金貨が溢れ出して止まらない!?」
健一は、この世界の魔力法則をハッキングし、物質生成の禁忌を平然と破り捨てた。
「金が欲しいんだろ? やるよ。ほら、好きなだけ持っていけ。一人に一兆円ずつ配ってやる。……そうすれば、この世界の『価値』なんて、ただの紙屑以下になるんだよ!」
広場は瞬く間に金色の海に沈んだ。
最初は歓喜の声を上げていた民衆も、数分後には顔を青くした。
パン一個を買うために、大八車三台分の金貨が必要になったのだ。
「勇者! 貴様、何ということを! 経済が……世界の流通が死んでしまう!」
ギルドマスターが金貨に埋もれながら絶叫する。
「死ねばいいんだよ。美紀はな、家計簿が1円合わないだけで、夜中の二時までレシートをひっくり返して戦うんだ。その1円への執着、その一円が生む生命力! お前らみたいに、ただ数字を右から左へ動かして『富』だの『繁栄』だの言ってる連中には、一生理解できねえんだよ!」
健一はさらに追い打ちをかけた。
彼は魔力で、空から「現実世界のスーパーの特売チラシ」を模した巨大な幻影を投影した。
『本日の目玉:卵1パック98円(お一人様一点限り)』
「見ろ! これが真の価値だ! この『98円』という数字の裏にある、企業の努力と、主婦の戦略と、そして閉店間際の壮絶なバトル! お前らの金貨一万枚より、この卵1パックの方が、俺にとっちゃ何万倍も重いんだよ!」
健一の放つ「圧倒的な生活のリアリティ」という名の精神攻撃が、黄金の都を包み込んだ。
商人たちは、自分たちが積み上げてきた富が、ただの「重たい金属の塊」に変わっていく感覚に襲われ、次々と発狂した。
「……ケンイチ様。あなたは……本当にこの世界を殺すつもりなのですね」
メイが震える声で呟く。
「殺すんじゃない、リリナ。……『整理』してるだけだ。美紀がよく言うんだよ。『物が多いから、本当に大事なものが見えなくなるの。一度全部捨てて、空っぽにしなさい』ってな。……この世界は、おもてなしが過ぎるんだ。俺を帰さないために、居心地を良くしすぎた。……だから、その『居心地』の源泉である金を、ゴミに変えてやったんだよ」
健一は、金貨の山を踏みつけながら、都の出口へと歩き出した。
黄金の都は、一日で「世界一豪華なゴミ捨て場」へと変わり果てた。
経済が死に、価値観が崩壊し、人々の希望が潰える。
だが、健一の左手の指輪は、その破壊の光景を糧にするかのように、さらに黒く、鋭く輝きを増していく。
「システム……聞こえてるか。金も信仰も潰してやったぞ。……次は、お前が自慢するこの世界の『自然』だ。……美紀の『大掃除』を、なめるなよ」
健一の背中に、かつての英雄の面影はない。
そこにあるのは、一刻も早く「日常」に帰るために、障害となる全てをゴミ袋に詰め込もうとする、狂気じみた「主夫の執念」だけだった。




