2.なりすましの下命2
「そなたは面頬をして甲冑に身を包み、エリック公子として戦場にいた。皇女と結びつく者などおるまい」
そうだろうか。
――まあ、そうだろう。まさか公女が、身の丈もあるような剣を振り回して戦場で血まみれになっていると思いもしないだろうし、更に皇女と入れ替わって嫁いでいるとも思わないだろう。
問答を繰り返すエレノアに、皇帝は厳かに言った。
「そなたの新たな任である。帝国の剣、帝国の槍。グレイヴス公爵家の公女は、皇女を守るための戦には向かえぬと言うのか」
皇帝の言葉に、エレノアは束の間口をつぐんだ。不遜であろうとも、まっすぐに皇帝を見上げる。
「戦争は本当に終えるのですね、陛下。私の剣は必要ないと言うことなのですね」
ソードマスターであるエリック公子がいなくなることは、他国への抑止力を失うはずだ。
「必要なのは友好であり、剣ではない」
「魔獣討伐はいかがなさいます」
「魔獣の禍難は季節風のようなもの、向き合い方は心得ておる。そなたが鍛えた騎士団もいる」
とは言え、戦力が減れば被害は増えるだろう。
――とは言え、戦争がおさまれば、助かる者は多くいるはずだ。
備えることができるものを過度に恐れて、終えられる災禍を見過ごすことはできない。皇帝の言う通りだった。
友好を堅固なものとするため、皇太子と皇女が結婚をする。万が一、エレノアが皇女本人でないと知られたとしても、エレノア自身も皇帝の血縁ではある。むやみな扱いやは受けないだろう。
しかし。ソードマスターを送り込んだとなれば話は別ではないのか。
帝国へ先鋒を送り込んだとみなされるか、イゾルデ帝国の戦力が損なわれたと見なされるかわからないが。
穏やかにはすまないはずだ。それを皇帝がわかっていないとは思えない。
――友好のためなどとは、詭弁だ。忌々しい。
魔獣のウェーブがおさまったときのための戦力を、敵の懐へ突き付けておきたいだけではないのか。
口を閉ざしたエレノアに、皇帝は宣言した。
「皇女アデラインはこれより、グレイヴス公爵令嬢となる。そなたがアデラインだ」
再び父の顔をちらりと見る。今は完璧に真意を隠して、皇帝の横に黙って控えている。言いなりとは情けない。
承服しかねる思いはあるが、ここで暴れてまで逆らうこともできなかった。
今は戦争を終わらせる。それだけは確かなことだった。
「皇命とあらば」
エレノアはドレス姿で胸に手を当て、騎士の礼をした。
「レディ・グレイヴス」
皇帝の執務室を出てすぐ、年かさの女性にがエレノアを待っていた。茶色の髪をひっつめて、厳しい顔をした女性は、エレノアが足を止めると、非の打ちどころのない仕草で礼をする。
「お急ぎでなければお立ち寄りいただきたいと、皇女殿下のお召しでございます」
「アデライン殿下が?」
挨拶にうかがいたかったが、今日は皇帝に急ぎ召しだされて皇宮へやってきていたので、会えるとは思っていなかった。
もちろん招待されて断る理由もない。
エレノアは皇女の侍女の招きに応じ、離宮へ足を運んだ。




