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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第二章 赤い目
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20.休息の暇《いとま》もなく

「クリフ……!」

 呼びかけて、休めと言ったのを思い出した。恐らく馬車の外に待機しているのは別の騎士だ。

 ぐっと唇を噛みしめ、窓を覆うカーテンを急いで開ける。森の中に、不吉な気配がしていた。


「殿下……!?」

 メイザー夫人が弾かれたように起きる。


 エレノアは外の兵達に警戒を呼びかけるかどうか迷った。急にアデラインがそんなことを言い出したら明らかにおかしい。

 しかしそんなことをためらっている場合でもないか。やはりクリフに待機させておくべきだったか。ただの刺客ならばともかく、これはまずい。


 迷う間に、細く甲高い笛の音が響き渡った。それと同時、馬車の外で兵達が一斉に動き出す気配がする。


「見張りが気づいたか」

「何事です!?」

 メイザー夫人が焦れた様子で言うが、エレノアは黙って外を睨む。さっきよりも気配が随分と近い。


 月明かりも届かない暗い森の中に、赤い光が見える。

 たき火よりももっと濃く赤い。そして大きい。炎のような揺らぎはない。


「あれは……!?」

 メイザー夫人が息をのんだ。

 こんなに近づかれるまで気づかなかったとは。


 魔法をかけられた馬車の中は、どうにも感覚が鈍る。外部から守られているのは分かるが、内側からも感じにくくなる気がする。ぼんやりと真綿につつまれているかのようで、音も気配も霞む。


 動物なら、火を炊いていれば近寄ってこない。それでも寄ってくるようなたちの悪い野獣でも、兵が複数いればなんとかなる。

 しかしあれは、昼よりも夜にこそ現れる。


「魔獣だ」

 エレノアは眉をひそめて答えた。

 暗い森の中、赤い光に包まれて、猛獣のようなものがいる。馬ほどは大きく、頭に角がいくつも生えていた。


「こんな国の内地に、突然現れるものか……? 魔獣が増えているとは聞いていたが」

 北部山脈は見捨てられた土地とされていて、魔力の歪みがあり、そこから魔獣が発生する。


 それを見張り防いでいるのが聖地インセクレムの神官たちで、大きな群れが街を襲わないようにしている。自治的な兵力を持ち、信仰と防護に関する兵力として、不可侵の場所である。


 両帝国からも守備の兵を送っており、これは帝国間で何が起ころうとも中立を保たねばならない。

 それでも魔獣は人里へやってくる。災害のように民家を襲う。それは特別なときではなくても、起こってしまう出来事だ。


 とは言え、ここは北部国境から遠い。魔獣は北から降りてくるものだ。北の国境ならともかく、通常ならばこんな国の内側に出るものではない。

 エレノアがイゾルデの帝都から戦地へ向かう途中にも、魔獣に襲われた。あれも不自然だったが、こうやって不自然が重なるのはおかしい。


 魔力の歪みが、北部だけでなく国内の至る所に発生するようになったのか。魔獣が大量に発生し、南下を始めているのか……。


「やはり操られているのか」

 イゾルデ国内で襲われたとき、クリフがヴォルネスの仕業を疑う発言をしてたしなめたが、さすがにこれは、ヴォルネスの誰かの仕業ではと疑いたくなる。散々これまで情勢不穏を見せつけられてきたからには。

 イゾルデとヴォルネスの皇家の馬車は隊を分けて、もっと別の道にいるのに、こちらに出るとは。もう囮がバレているのか。

 それにしても、敵はエレノア達を眠らせるつもりがないようだ。


 このくらいの連日連夜の行軍は、北部山脈での討伐を思えばどうということはないのだが。あちらこちらにいる魔獣の群れにいつ襲われるかわからない状況で、(あなぐら)で息を潜めて交代で休み、戦い続けるあの状況に比べれば。


 平地で吹雪に見舞われることもなく、強力な味方がおり、しかも身を横たえる場所がある今は、たいそう恵まれている。


 ただやはり、エレノア自身が剣を手に戦えないのは非常に歯がゆい。

 見ている間に、兵が魔獣を囲むように展開しながら進んでいく。窓に張り付いていたエレノアはもどかしく、立ち上がりそうになる。


「あれに近づいては……!」

 ドアから飛び出して行きたくなったが、メイザー夫人がぎゅうっとエレノアを険しい目で見た。


 アデラインならここで飛び出して行って注意をうながすような知識はないはずだし、ましてや兵の剣を奪って戦ったりはしない。

 メイザー夫人に耳打ちして伝えてもらうなら許されるか? と思ったが、それはメイザー夫人を危険にさらすことになる。

 クリフォードがいないことがこんなに不便だとは。


「それに近寄るな! オグラスの息は毒だ!」

 ルヴィンの声が鋭く飛んだ。兵や木々の間を縫うように、彼の魔法が幾筋も魔獣を襲った。


 しかし魔獣の周囲は赤い陽炎のようなものに包まれて、魔法が弾かれる。魔獣が歩くたび、地面の草や周囲の木が燃え、焼け焦げた。

 夜襲には目立つ魔獣だ。やはり操られたものではないのだろうか? それとも……。


「あれは何なのですか?」

 メイザー夫人は、急いでカーテンを閉めて言った。

「オグラスという魔獣だ。皮膚が焼けただれ、触れると燃える。息は毒だ」

「安易に近寄れないではないですか」

 そうだ。森の中では弓も難しい。しかしエレノアは大きく息をついて座り直す。


「ルヴィン殿がなんとかするだろう」

 カーテンの向こうで魔獣の咆哮が響いた。近づいて来ているが、まっすぐこの馬車に向かってきている訳ではない。エレノアがどこにいるか分かっていないのだ。


 カーテンを閉められ外の様子が分からないのはもどかしいが、夫人の判断は正しい。

 しかし突然、別の方向から魔獣の気配が膨れ上がった。


「やはり、陽動か……!」

 エレノアは反対側の扉に飛びつき、窓のカーテンを開け放った。

「殿下、身を隠してくださらないと!」

 右から左に振り回されながらメイザー夫人が怒りの声を上げる。しかしエレノアは窓に張り付いて様子をうかがった。


 ドオンッ

 轟音が響き渡る。


 バキバキバキと馬車が破壊される音と悲鳴があがり、馬のいななきが響いた。


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