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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第二章 赤い目
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18.万が一のための次善の策1

「イゾルデ皇家を何だと思っているのでしょう。殿下の身を危険にさらすなど、我が国への侮辱です。戦場近くとはいえ、あのような輩が襲ってくる治安情勢の国に、殿下が嫁がねばならないなんて。その上、このような質素な馬車で帝都へ向かえだなどと。殿下のお体に障ります」

 メイザー夫人は憤慨した様子で文句を言っている。


 イゾルデの国内で襲われたことは完全に棚上げのようだ。それに先ほどまで乗っていたのとは違い、質素な馬車の座り心地が悪いのは確かだった。

 もう事情はクリフォードから聞いているはずなので、エレノアはとりつくろうのをやめて応えた。


「イゾルデ皇室の馬車は目立つ、囮として切り離す必要がある。皇太子の馬車も危険だということだろう」

「ですから! 危険が及ぶなどと、あってはならないことです。万難を排して殿下をお迎えし、この結婚を執り行うのがヴォルネス皇家の責務ではないですか!」

 エレノアは多少の政情不穏は承知していたし、だからこそ自分がアデライン本人の代わりにやってきたので、メイザー夫人の怒りが新鮮だった。

 しかし、夫人の言うことは正しく、頼もしくもある。


 もしインセクレムへ向かうなどということになっていたら、メイザー夫人は憤怒のあまり頭から発火していたのではないか。


「そなたの言う通りだ」

 若干引き気味ながら、エレノアは同意した。

「殿下、大事なのは権威です。こそこそと隠れて帝都へ向かうなど、イゾルデの皇室を侮られることになります」

 メイザー夫人の言うことにも一理はある。しかし何よりも大事なのは、無事にたどり着くことだ。


「さすがに帝都へ入る際にはイゾルデの馬車に移れるだろう。それまでに馬車が大破していないといいが」

 イゾルデの馬車がボロボロになっていては、同行したルヴィンの体面に傷がつく。

 それにヴォルエス国内で襲われたことを暗示するものだから、ヴォルネスの情勢不安を吐露するものになり、反対派が政略結婚に口を挟む余地ができてしまう。


 イゾルデ側としても黙っているわけにいかなくなる。囮にするとは言えルヴィンも馬車を守るはずだし、彼の結界術なら問題ないだろう。

 エレノアは苦笑しながら、窓に肘をかけて頬杖をついた。

 先ほどまでルヴィンに対峙して思ったより気疲れしたようだ。力技でどうこうできない事態は肩がこる。


「アデライン殿下、お疲れなのは承知いたしておりますが、そのように頬杖など行儀がお悪いですよ」

 ピシャリといわれてエレノアは思わず背筋を伸ばした。

 事情を聞いているはずなのでは……と、驚いた目でみると、メイザー夫人は厳しくも静穏な目でエレノアを見た。


「わたくしがお仕えいたしておりますのは、アデライン殿下です」

 それはエレノアを認めないとか、軽んじるとか、そういう発言ではない。

 あくまでエレノアをアデラインとして扱う、ということだ。二人きりだろうが、気を抜くなという戒めか。


 思わずあの厳格な母を彷彿とさせた。

 イゾルデの女性は厳しい。先ほどは頼もしく思ったが、こちらへ向くと恐ろしい。


「そなたの心意気は好ましいが、馬車の中でくらい許してくれないか」

「どこから秘密が漏れるとも限りませんのに、そのようなことはいたしかねます」

 正論だ。エレノア自身がクリフォードへ注意した部分でもある。苦笑しつつも、話を戻すことにした。


「帝都へつくまでの間も、また襲撃があるだろう。そなたも覚悟をして、そのときの対処を覚えておいてほしい。イゾルデの用意した馬車ではないから、隠れる場所など確保するのは難しいが、とにかく私から離れず馬車から出ないことだ」

 人目がなければどうにか対処することはできる。

「もちろん、殿下をお守りするのは、わたくしの役目です。お側を離れることはありません」

 エレノアは、苦笑を深める。


 クリフォードはどこまで話したのか。

 エリック公子の正体について話していないのかと疑いたくなるが、メイザー夫人は、馬車で襲撃を受けた日に反撃したエレノアを目撃しているはずだ。その件についてクリフォードを問い詰めないわけがない。

 己の役目に愚直な人間は好きだ。面倒だなと思いつつも、エレノアはメイザー夫人の態度を嫌いにはなれない。


「期待しておこう」




 最初の夜は街に立ち寄り、有力者の屋敷へ宿泊を願い出たのだが、そこでも襲撃を受けた。

 元いた住民は殺されており、暗殺者へ入れ替わっていた。もはやアデライン皇女が歓迎されていないのは、疑う余地もない。


 帝都まではまだ幾日もかかるが、ルヴィンは街道を警戒して、正規の道を外れているようだった。

 イゾルデ皇家の馬車とルヴィンが乗ってきた馬車を警護する隊と、実際にエレノア達がいる隊を分け、別の道を進んでいる。森などを通るのも危険ではあるが、無害な人間を巻き込む心配が無いのはありがたいことだ。


 そして夕刻、ルヴィンは馬車を止めて申し訳なさそうに言った。


「アデライン殿、大変申し訳ありませんが、しばらく野営をしていただかねばなりません。近く川がありますので、今日はこのあたりにて休もうと思っております」

「構いませんわ。予想外の道中ですが、皆と行動を共にでき、嬉しく思います」

「そのお言葉に安心いたしました。我々がお守りいたしますので、アデライン殿は馬車でお休みください」


 ルヴィンは変わらず、端正な笑みで丁寧にエレノアを扱った。それどころか、以前にも増して、アデラインの体調を気にしている様子だった。

 エレノアはとにかく儚げに微笑み、隙あらばハンカチで口許をおおったり、額をおさえたりしながら、病弱感を出すことに余念がなかった。


 メイザー夫人に見張られているので、貴婦人らしく姿勢を正し、指先まで美しく振る舞うことも忘れてはいけない。 

 おかげでルヴィンは、聖地インセクレムへの道程を拒否した時こそ強硬な態度が覗いたものの、表向きすっかり軟化している。


 森の中で日が暮れるのは早く、あっと言う間にあたりは暗闇に沈んだ。

 食事のため炊かれた炎が、闇を少し照らしている。揺れる灯りを窓から見ていたエレノアのところに、クリフォードが食事を運んでくる。


「メイザー夫人はどうしている」

「殿下との食事を固辞されましたので、ほかの侍女達と共におります」

「そうか、少しは休ませてやらねばな。侍女達も夫人が一緒なら心強いだろう」

 少しホッとしてエレノアは頷いた。


 アデラインを守るため、ずっと神経を尖らせているようで、疲労で倒れてしまわないか心配していた。

 そばで見張られ――もとい、見守られているのは、エレノアとしても気疲れする。そもそもが好き勝手にやってきたので、過保護に慣れていない。


 皇女として結婚し、皇太子妃になれば、ますます窮屈な生活になるだろうから、それを思うと憂鬱だった。


「俺も休みたいですけどね」

「自分が好き好んでついてきたのだから、休まず働き騎士の役割を果たせ」

「承知しておりますよ。ちなみに食事を運ぶ役割は、俺が夫人から奪いました」

 道理で。エレノアは改めてクリフォードを見上げた。


「どうかしたのか。よく夫人がゆずったな」

「ええまあ。何かお悩みのようなので、お話を聞いた方がいいかと思いまして」


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