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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第二章 赤い目
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15.出立1

 馬車に乗り込んだエレノアの向かいにルヴィンが腰をおろし、壁をノックすると、馬車はすぐに走り出した。はじめは緩やかに。


 エレノアは馬車の窓からヴォルネスの陣を見た。

 その向こうには国境の川と、慣れ親しんだブレフロガ騎士団の旗が、そして祖国イゾルデが見える。慌ただしく離れることになってしまった。


 当分戻ることはないだろう。戦場はもとより魔獣討伐に出かけることも最早できないはずだ。


 剣術を極めるという道に、実家の恐ろしい母や多少軽忽な父に、本物のアデライン皇女のこれからに思いをはせ、そして半身たるエリック公子の実質の死を思い、心中で別れを告げた。


 それから改めてヴォルネスの兵を見る。統率がとれており、内情に不穏を抱えているようには見えない。


「わたくしは歓迎されていないようですね」

 諸手をあげて歓迎されると思ってはいなかったが、いきなりこんな不穏にさらされた上に、兵たちの見送りなどもないとは。


「まさか、そのような訳がありません。私は心からご到着をお待ちしておりました」

 ニコニコとルヴィンは言う。嘘がなさそうな笑顔に、エレノアはびくりとした。


 このような二人きりの場所で、初恋の話を蒸し返されると困る。どう反応するべきか迷ったが、とにかく相手の出方を見るべきだ。


「それをうかがって安心いたしましたわ」

 エレノアはにっこりと微笑み返した。


 正体がばれそうになったり、困った状況になった場合でも、皇太子を殴って黙らせるわけには行かない。密室で目撃者がいないとは言え、国際問題だ。母にも禁じられている。


 聞きたいことを聞き出したらさっさと馬車から退避しよう。エレノアは笑顔のまま決意する。

 しかし予想に反して、相手は冷静だった。


「何故、インセクレムでの挙式を拒否されるのです」

 ルヴィンはにこやかな顔のまま、まっすぐに問いかけてきた。言葉遊びをするつもりはないようだ。

 エレノアは穏やかに返した。


「わたくしはイゾルデ帝国の意を背負って参りました。行方知れずになっては、父も母も帝国の民も不安になりましょう」

 情勢を分かっていない世間知らずともとらえられる発言だが、一番重要な部分でもある。


 この結婚は、政治であり契約だ。

 予定された進路を外れれば、どちらかの国から叛意ありとされることもあり得る。


「それに、ルヴィン殿の母君は北部辺境伯のご出身だと聞いています。深意を疑われることもあるのでは」

 北部辺境伯は魔獣から国を守る要である以上、帝国でも随一の軍事力を備えているはずだ。

 それはあくまで魔獣に向いている力だが、政略結婚の相手であるイゾルデの皇女を北部へ連れて行ったとなれば、あらぬ誤解を招くことは避けられないのではないか。――むしろ、それを狙っているのではないのか。


 ルヴィンは、そんな問いは想定内だったのだろう。何ほどでもないように答える。


「おっしゃる通りです。誤解を生じて、戦線が乱れてはいけません。もちろん、イゾルデの馬車は帝都へ向かわねばならない。馬車と共に別の者を帝都へ向かわせ、皇帝陛下へ我々の道行きをご報告申し上げる。馬車が帝都へ到着する頃には、インセクレムへ着いているはずだったのです」

 それくらいは当然手を打っている、ということだろう。皇帝へ奏上しておけば、謀反ととられることもないということか。そんなに簡単にいくものだろうか。


「皇帝陛下にはどのように弁明するおつもりだったのです」

「あなたにお話ししたとおりです。今回の婚礼は、両帝国を結ぶ特別なものであるため、より正式で神聖な儀式を執り行いたいと。反対する者がいるのが明らかであるため、お伝えするのが遅くなり、お許しくださいと」


「そのようなお話をお聞きいただけるのですか。

「私が向かうのは、あくまで聖地インセクレムです。神殿からも両国へ報せを出してもらう予定でしたので、疑いはあれども、無碍にされることはないはずでした」


 なるほど、そこまで手を回してあったか。しかし、皇帝が納得したところで、ルヴィンが恐れている勢力は、北部への疑いを利用するのではないか。


 エレノアは再び窓の外を見やる。

 戦地を離れ、二人が乗った馬車と護衛の兵達は街道を進んでいく。その後を、エレノア――のふりをしたクリフォードが国境まで乗ってきたイゾルデ皇室の馬車と、それを護衛する隊が少し離れて進んでいる。


 エレノアが皇太子の馬車に乗り込んだのは、前もって予定されていたことではなく、目撃した兵も少ないはずだ。

 実際に人目を欺くならば、現在のクリフォードはイゾルデの馬車を警護していなければならないが、さすがにエレノアをルヴィンと二人にして離れるわけにもいかず、ヴォルネスの馬車の近くを警護している。


 ヴォルネス帝国内の地図は頭に入っているが、土地勘はないから、どこかへ連れ去られている最中だとしても察することは難しい。

 とはいえ、さすがに北へ向かっていれば分かるが、それはないようだった。どうやら本当に当初の目的を諦め、インセクレムへ向かうのはやめたようだ。


「これだけは分かっていただきたい。私は戦争をやめたい。ですから、この婚姻を無にするつもりはないし、あなたを騙すつもりもない」

 やめたい。と言った。やめるだとか、やめるべきだとかではなく。不本意そのものであるような発言だ。


 そもそも両国は、魔獣討伐に協力しあうような間柄だった。

 しばらく魔獣の驚異が薄れて暇になり、人間同士争う事態に陥ってしまったといえばそうなのかもしれないが。今回の戦争は早急なものだった。


 発端は、国境地帯にあるヴォルネスの村を盗賊が遅い、虐殺行為を行ったことにある。それがイゾルデの出身者であると抗議が来たのだ。すでに犯人はとらえられ、処刑されたあとであり、明らかな因縁だった。


 処刑後の遺体の引き渡しを申し出、断られ、再び小競り合いが起き……という結果が互いの皇太子が率いる軍――イゾルデは実質エリック公子の統率ではあったが、そういった大きな戦へ発展した。


 エレノア自身も感じていたが、この戦争が起きたこと自体、作為的なものであったのを示唆するような発言だ。

 因縁をふっかけてきたのがヴォルネスであれば、この停戦もヴォルネスからの強い申し入れだと聞いていた。ごたつきすぎている。

 少なくともこの皇太子は、アデライン皇女を連れ去って排除する、という意志がないのは確かなようだ。


「そのお言葉に意を唱えるつもりはありませんわ。わたくしとて、そのために来たのですから」

 だからこそ、まっすぐ帝都オルディナスへ向かい、イゾルデの停戦の意思を明らかにしなければならない。どれだけそう言ったところで、最善の策を練って手配したつもりのルヴィンは納得しないだろう。

 エレノアは、政情や駆け引きとは関係のない、事実を彼に突きつけた。


「ルヴィン殿下のお心には感謝いたします。しかし恥ずかしながら、魔獣が多く発生する北の地に、わたくしの体が耐えられると思えませんもの」

 ルヴィンの表情にはじめて動揺がはしった。



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