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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第二章 赤い目
13/23

12.自分らしくの線引き1

 外で号令をかける声が聞こえてくる。大きな物音や、兵達が動く気配がある。幕屋の中にいては外の動きが掴みにくいが、退陣の準備を始めたか。


「殿下」

 天幕の外に控えていたクリフォードが姿を見せた。

「クリフォード卿」

 エレノアは、微笑みながら振り返る。クリフォードが、「うっ」という顔をした。蹴り上げたくなったが、距離があるし人目もある。我慢した。クリフォードは表情を改めて言う。


「陣を払うとのことですが」

 入り口に控える騎士をちらりと見た。ヴォルネスの兵が二人、見張りか護衛か分からない騎士が控えている。

「そう聞いています」

 クリフォードは数歩エレノアへ近づき、膝をついて声を潜めた。


「どうも動きが気になります」

 確信がなくとも、不振があれば報告してくる有能な部下だ。ましてやクリフォードは戦場も長い。その推知に誤りはない。

 エレノアは眉をひそめた。


「和平を放棄するつもりか?」

 停戦の名目で皇女を奪っておきながら、イゾルデへ攻撃をしかける可能性も無いとは言えない。

 アデラインの命を盾にされれば、少なくともイゾルデは混乱し、皇帝の指示を待たねばならなくなる。皇太子が的確な指示を出せるか疑問だ。甚大な被害を出すだろう。


 そしてアデラインを排除すれば停戦はおしまい。

 簡単なことだ。

 停戦の使者であり、皇太子妃となるアデラインを兵で取り囲んで殺せば、ヴォルネス帝国は卑怯のそしりを免れないが、勝ちさえすればいいという連中はいる。


 それに、ヴォルネスの陣内だからといって、ヴォルネスの差し金とは限らない。

 停戦がみなの意志かと言えばそんなわけは無いだろう。両国ともにそのはずだ。実際ここへ向かう道中で何度も襲撃を受けた。


 それとも、ルヴィンの口ぶりでは、結婚を遂行するつもりのようだったが、エレノアの反応が気に食わなかったか。

 不穏の心当たりはいくらでもある。


「いえ、というよりは……」

 言いさしてクリフォードは急いで外を伺い、戻ってきた。エレノアのそば近くに来て、声を潜める。

「天幕が取り囲まれております。ルヴィン殿下が配備された護衛が排除されています」

 陣払いの混乱に乗じて、アデラインを連れ去るつもりか。


 皇帝の血筋があれば、イゾルデ帝国を支配する口実にもなる。

 アデラインを旗印に、イゾルデの皇太子を貶めるよう動く可能性もある。なにせアデライン皇女の兄である皇太子は、少しうかつなところがある。ボロを出させるのは難しいことではないだろう。


「馬鹿どもが」

 エレノアは低くつぶやいた。

「まさか我が騎士団に愚か者は紛れ込んでいないよな」

「当然です」

「ならば、イゾルデが踏み込んでくることはないな。ここでなんとかしよう」


 対岸にてこちらの様子を見張っているブレフロガ騎士団には、団長も副団長も不在ではあるが、信頼できる部下達は他にもいる。不穏に乗じてイゾルデがなだれ込んでくるのは避けられるだろう。少しの間ならば。


「アデライン殿下、失礼いたします」

 話していると、天幕の外から声がかかる。入るのを許可する間もなく、騎士が姿を見せた。入り口に立つ騎士達とは明らかに出で立ちが違う。銀色の派手なマントをまとい、豪奢な甲冑を着ている。


「殿下をお守りするべく参りました。出立の用意が調いましたので、こちらへお越しください」

 クリフォードが立ち上がり、エレノアのそばに控える。エレノアは座ったまま、平穏な表情で騎士を見遣った。


 果たして。

 皇女の身代わりを命じられたが、アデライン皇女らしくというのは、どこまでどう振る舞えばいいのか。


 大人しく病弱な皇女の印象を損ねてはいけない。別人だと疑われる要素になる。

 しかし、見くびられていいということはないはずだ。イゾルデの立場を悪くしていいわけがない。

 アデライン皇女は、体は弱くとも、軽んじられるべき人ではない。


 ――これからは、あなたがアデラインなのよ。あなたらしく振る舞っていいの。

 アデライン本人が言ってくれたことだ。


 エレノアが自分で言ったように、アデラインは皇宮の奥深く、ガラスの温室で静かに暮らしていた。彼女をよく知る人間はあまりいない。これからのエレノアの振るまいが、アデライン皇女のものとなる。

 アデライン皇女らしく。しかし、それはもはやエレノア自身であると言うこと。


 好きにやらせてもらうか。

 エレノアはなるべく穏やかに尋ねた。


「わたくしは皇宮の奥深くに育ち、世間知らずのため無知をお許しください。ヴォルネスの騎士は名乗らないのが作法なのですか?」

 アデライン皇女の微笑みを思い出しながら。


 なめんなよ、と。言外に。

 騎士は驚いた様子を見せ、それから膝をついて頭を下げた。皮肉げに笑ったのをエレノアは見逃さなかった。無力な敵国の皇女を侮っているのを隠しもしない。


 頭を殴って地面にめり込ませてやりたい。


「ご無礼をお許しください。アリステア・ロッシュと申します。ヴォルネス帝国の皇宮騎士団でございます」

 エレノアの記憶が正しければ、皇宮騎士団の、しかも騎士団長の名だ。

 帝都で皇族の身辺を守る皇宮騎士団が、なぜ戦場にいるのか。皇太子の護衛にしては、先ほど姿が見えなかったのはおかしい。


 気づけば入り口の騎士が一人消えている。状況は思ったより不穏なようだ。皇太子の幕屋が安全でないとは。


「皇宮騎士団がこのような前線にいらしているとは存じませんでしたわ」

「アデライン殿下をお守りするべく、皇帝陛下より遣わされました。どうぞ安心して我々とお越しください」

「ルヴィン殿下はここで待つよう仰せでした。ご自身でお迎えに来るとおっしゃいましたわ」

 エレノアは優雅に微笑んで見せた。

「その殿下のご下命でございます。馬車の準備ができましたので」

 ガシャガシャと鎧を鳴らしながら、数人の騎士達が幕屋に入ってくる。ロッシュが立ち上がり、エレノアに迫った。


「さあ、アデライン殿下。我々が無事に帝都オルディナスへお連れいたします」

 またもや話が違う。

 帝都へ向かうのは始めから予定していたことだが、ルヴィンの計画を聞いてしまった上、この状況では不信が募る。


 やはりアデラインを排除するのではなく、連れ去って人質にでもするつもりか。か弱い皇女など、殺すのはいつでもできる。その前段階だろうか。


 ルヴィンの話しぶりからして、おかしかった。

 ヴォルネス帝国は明らかに一枚岩ではない。国などいうものはそういうものかもしれないが。人が集まれば派閥ができる。盲信的に誤ったところへ邁進して破滅することもあり得るから、それもまた必要なのだろうが、しかし。


 誰が何故、ということを考えるのは後だ。

 何にしても、大勢で取り囲み、実力行使を図る輩の言うことを聞く気にはならない。



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