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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第二章 赤い目
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11.結婚相手の思惑

 親しげだったルヴィンの笑みが変わる。はじめと同じように、端正な顔に隙のない整った笑みを浮かべた。恐らくこれがこの男にとっての標準装備なのだろう。

 ここで、親密な話は終わりと言うことだ。


「長旅でお疲れでしょうからお休みいただきたいのですが、あまり時がありません」

「承知しております」

 話題が切り替わる気配に、エレノアはホッとした。


 自分に関わりのない、しかし今となっては自分に直結する感情的な話をされるよりも、目の前に迫った問題に向き合うほうがずっと気が楽だ。

 正体がばれる心配からも遠ざかる。


「イゾルデの皇帝陛下に、皇女殿下が無事に到着された旨をお伝えする文書をお送りします。我々が先に陣を払う必要がありますので、すぐに出立いたしましょう。陣を払う間、こちらでお待ちください。馬車でお待ちいただいてもいいのですが窮屈でしょうから」


 政略結婚の相手をさっさと連れ帰り、今更この和平をなかったことにできないようにするつもりだろう。それが当然なのだが、もしかしたら国内の反対勢力があるのかもしれない。

 いや、あって当然だろう。こんな性急な和平。

 エレノアは穏やかに応えた。


「ここでお待ちいたします。この後は帝都オルディナスへ向かうのですね」

「いえ、聖地インセクレムへ向かいます」

 聞いていた話と違う。エレノアは思わず眉をひそめた。


 イゾルデの皇女と領地の交換を行ったのち軍を引き、ヴォルネスの皇太子とイゾルデの皇女が、東の帝都オルディナスで結婚式を行う。これが停戦のための政略結婚の形だったはずだ。

 エレノアはすぐに微笑みながら、ゆったりと返す。


「聖地巡礼は、婚儀の後でもよろしいのでは」

「いえ、聖地巡礼ではありません」

 ルヴィンの笑みが深くなる。

「インセクレムへ向かい、結婚式を執り行います」


 ――なるほど。

 やはりヴォルネスの内部は割れているようだ。花嫁を実家へ連れ帰らず、よそで結婚式を執り行おうとは。

 エレノアは、小さく首を傾けた。


「わたくしの認識と相違があるようですわ」

「どうかご理解ください。両帝国での婚礼による結びつきは近年なかったことです。聖地にてより正しい形で婚儀を執り行い、この和平が長く続くよう願いたいのです。アデライン殿下ご到着の報と同時に、陛下へはお伝えいたします」


 それは後出しで契約を変えるということだ。そんなこと許されるわけがない。だがしかし、でたらめな言説という訳でもないのが厄介だ。


 この狸め。エレノアは、内心毒づいた。

 魔獣討伐の折に、傷だらけで怯えていた少年とは思えない。

 あの時はあまりにも弱々しくて腹が立ったが、屈強なばかりの騎士たちに比べれば可愛らしく、いじらしかった。そんな少年はもういないということだろう。


 聖地インセクレムは、両帝国の北部にある山脈の麓であり、国境に位置する中立地帯だ。

 両帝国があがめる双子の神の、その親である主神をまつる神殿がある。


 戴冠も、皇家の結婚式も、インセクレムの大司祭が執り行うのが倣わしだ。

 しかし魔獣が発生する北部山脈の麓にあるため、実際に神殿で結婚式を執り行うようなことはあまりない。それぞれの帝国首都にある、双子の神の神殿に主神の司祭が派遣され、そこで行われるのが慣例だった。


 ルヴィンの発言は、正当な方法で婚礼を執り行うという、間違った内容ではない。

 だが言ってしまえば、近年の慣例には従わず、さっさと自分たちだけで婚儀を執り行ってしまうということだ。勝手ではあっても、文句をつけにくい方法で。


 両帝国の皇太子と皇女の結婚式だというのに、急いでこそこそと式を挙げねばならない状況だということになる。

 しかしこれは停戦のための政略結婚だ。そんな強引な理屈が通るものだろうか?


「両国の立ち会いはいかがなさいます」

「大司祭様がいらっしゃいますから、問題はないでしょう」

 ルヴィンはにこやかに続けた。


「結婚がなった上で、婚儀は改めて帝国神殿で執り行いたいと思います。その方が華やかに準備もできますので。各地への披露目にもなります」

 アデラインを見くびっているのだろうか。華やかであれば納得すると思っているのだろうか。 世間知らずの温室育ちの皇女だと。


 さっきまでの気まずさはどこへやら、不穏さにエレノアは鼻で笑いたくなった。もちろんそんなことはしないが。

 おっとりと微笑みながら返した。


「しかし、聖地は魔獣の出現が増えていると聞いています。危険な状態では」

「ご心配なさらず。私は魔道士としても有能であると自負していますし、精鋭の騎士達が必ずお守りいたします。クリフォード副団長もご同行いただけるのでしょう。心強いことです」

 笑顔がどんどんうさんくさく見える、護衛騎士を信じないのかとでもいう発言に、初恋がどうのこうのという話は霞んできた。部下を軽んじられるのは我慢がならない。


 しかしここで問答しても仕方がない。目の前の相手との結婚は揺るがず、その結婚相手はこちらの疑問を解決するつもりなどないのが明らかで、意志を変える気が少しもない。

 それでも確認すべきことがあり、エレノアは丁寧に尋ねた。


「ヴォルネスの皇帝陛下はご存じなのですか」

 ルヴィンはにこりと笑った。侍従がやってきて、彼に耳打ちをする。

「兵がしびれを切らしているようです。急いで陣を払いますので。私はこれで失礼いたします。必ず私がお迎えにあがりますので、それまでここでお待ちください」


 ――はぐらかしたな。

 招き入れておきながら、客を置いて去って行くルヴィンの背を、思わず睨みつけた。


 ――不穏だ。


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