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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第一章 初恋と猛獣
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10.初恋と猛獣

 どういうことだ?


 二人は会ったことがないはずだった。だからこそ皇帝はこのような馬鹿げた入れ替わりを実行しようとしたのだ。

 皇帝はともかく、皇女自身が黙っているはずがない。

 思案するエレノアに、ルヴィンはくすりと笑った。


「子供の頃、イゾルデ帝国へ訪れたことがあります。ヴォルネスの使節団のことを覚えていらっしゃいますか」

 覚えている――が、記憶とは違う。


 ヴォルネス帝国の使節がやってきたのは確かだが、皇太子はいなかったはずだ。

 あの頃、両国は今よりは良好な関係にあり、使節団は、魔獣討伐において共同の戦線をはるためやってきたものだった。


 歓待を受けた後、ヴォルネスの使節とイゾルデの軍は、共同で魔獣の討伐に出向いた。

 お久しぶりです〜とでも適当に話を合わせるべきだろうか。

 迷ったが、誤魔化すことが増えては抱えきれなくなる。


「……申し訳ありません。私は離宮で伏せっていることが多く」

 アデライン皇女自身がそう言っていたはずだ。

 暗に、覚えていない、ということを伝えたが、ルヴィンは不快になった様子はなかった。


「無理もありません、私は正式に皇太子として使節に加わったわけではありませんでしたので」

「え……?」

「恥ずかしながら、私は怪我の多い子供でした。皇宮での生活に嫌気がさし、使節にまぎれこんで国を脱したのです」

 意味深な言葉だ。


 彼の平常を知るわけではないが、エレノアが知る戦場でのヴォルネスの皇太子は、決して間抜けな人物ではない。知略に優れ、秀でた魔道士だ。


 幾度か剣を交えて、エレノアが彼の剣を粉々にしたことはあるが、それなりに剣技もこなす。

 子供なら、うっかり怪我をすることもあるだろうが、それが「多い」というのは疑問がある。怪我をする自分に嫌気がさして国を脱するというのも妙な話だ。


 ――命を狙われ、怪我をすることが多く、身分を隠して使節にまぎれて国を出た、ということか。

 国内に居るよりも、異国へまぎれ込む方が安全だったということだ。


 彼の母は、彼が幼い頃に亡くなっている。確かその実家は北部辺境伯で、軍事力は帝国に絶大な影響力を持つが、皇宮への細やかな配慮は届かなかっただろう。


「しかしイゾルデ帝国へ訪問する道中にも、うっかりと傷を負ってしまったのです。疑念にまみれた私は、皇宮を訪れた使節からも隠れて休める場所を探していたのですが」

 使節の中にも、暗殺者がまぎれていたということか。イゾルデへの道中で皇太子を殺せば、国家間の問題に発展するが、むしろそれが狙いだった可能性もある。

 自国の者が何より信じられなかったに違いない。


「離宮に迷い込んだ私は、温室で休んでいる少女に出会いました。怪我をしていた私を手当し、かくまってくれたのがあなただと後で知りました」

 アデライン皇女本人は何も言っていなかった。覚えていたら教えてくれたはずだ。――まったく覚えていないということだ。いや、覚えていたとして、怪我をした子供の従者を手当てし、叱られぬようかくまってあげたという程度にしか記憶していないのかもしれない。


 皇太子が少しばかりかわいそうになった。

 しかし――ヴォルネスからの使節、か。


「殿下も魔獣討伐へ同行されたのですか?」

 エレノアは慎重に問いかけた。


 エレノアはアデライン同様、使節を歓待する宴には行っていない。

 鍛えることに夢中で淑女らしくしないエレノアは、母に叱られ、閉じ込められていたからだ。


 あの頃、エレノアはすでに剣気を取得し、同年代の少年達どころか、そこらの騎士よりも強かった。

 エレノアは閉じ込められたことに腹を立て、衝動的に長い髪を切り、窓から逃亡した。そのまま少年の姿を装って、魔獣討伐の軍にまぎれ込んだ。


 だから、使節団に皇太子はいなかったが、少年がいたのは覚えている。黒髪だったのは記憶にある。だが前髪で顔を隠して、いつもうつむいていたので、瞳の色の印象がない。


 貴族の子供ではない、誰かの従者だと思った。優秀だから選ばれたようにはとても思えなかったから、余計に記憶に残った。討伐軍のため、兵を出すように強要された家から、いけにえに出されたのだと思っていた。

 彼は気弱で、傷ついていて、とても魔獣討伐で生き抜けるようには思えなかった。


「ええ、私も従軍しました」

 ルヴィンは微笑んだ。

「同じ年頃の少年がいて、とても驚いたものです。さすがイゾルデは、少年もすばらしい剣の使い手でした。勇猛果敢で、まるで猛獣のように強くて」


 初めての討伐で、エレノアは自分のことで手一杯だった。家を抜け出して勝手に従軍した都合上、何が何でも手柄を立ててみせなければと必死だった。

 ――だが、自分よりも頼りなく見える相手を放っておくことも出来なかった。

 たしか、あの少年の名前は。


「まさか、――メル」

 エレノアは、ぽつりとつぶやいた。


 イゾルデは子供の頃から男女なく剣技を覚えさせられる国だ。そこで育ったエレノアには、引け腰でろくに剣気も使えないような者がいるなんて信じられなかったし、そんな者が魔獣討伐に従軍していることに腹が立った。

 他の者の負担になる。それはつまり他の者の命に関わる。

 見過ごせず、なにくれなく世話を焼いてやった記憶がある。


「覚えいてくださったのですか」

 ぱあ、と皇太子の表情が明るくなる。

 皇太子の名前はルヴィン。メルはルヴィンの愛称だ。

 なるほど――少しも結びつかなかった。


 まずい。これはまずい。

 ルヴィンへ微笑みかけながら、エレノアは内心焦っていた。


 いや、しかし。討伐軍でエレノアは髪を短く切り、少年の格好をして軍に紛れ込んでいた。

 すぐ父にバレたが、公女が討伐隊にいては、あらゆる意味で危険だ。そのまま少年の姿で過ごした。


 あれがまさかグレイヴスの公女だと気づいた者はいないはずだ。そののち母がエリック公子だと噂を広めたのだし。

 それに、エレノアを皇女として出迎えたブレフロガ騎士団の騎士たちですら気づかなかったのだ。


 いくらなんでも、魔獣討伐軍で出会った少年とエレノアが同一人物だと気づくはずがない。まさか目の前で皇女を名乗っている者が、討伐軍で、少年の姿をして、剣を振るっていたなどと。


「ええ、おぼろげながらですが」

 エレノアは微笑みながら探り探り応える。この状況を、ルヴィンを、どう誘導すべきなのか。

 ルヴィンは相好を崩して、少し照れくさそうに笑った。

 戦場でまみえた時からは想像もできないような、少年らしい表情だった。


「あの穏やかなひとときは、私を癒してくれました。恥ずかしながら、私の初恋のようなものなのです」

 なんということだ。


 エレノアは夫になる男がかわいそうになった。

 彼は、心優しい初恋の相手と結婚するはずだったのだ。


「まあ」

 うつむきがちに声を上げて、ただただ微笑みを返し、エレノアは誤魔化した。

 うれしい、と言うべきなのだろうか。

 いや、変にこちらも好意があると勘違いされては困る。勘違いさせておいた方が、操りやすいのかもしれないが。


 ――絶対に、別人だとばれてはいけない。ましてや、猛獣のような別人だとは。

 どのような恨みを買うかわからない。

 エレノアは手で口元を隠し、なんとか笑顔を保ちながら応える。


「お恥ずかしいですわ」

 相手の言葉に対して、肯定でも否定でもない返しで誤魔化した。


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