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星塵(ほしくず)の番人

作者: 和子
掲載日:2026/02/28

◆語り明かす夜の海


> まだ生まれない星の欠片かけらを この手で守り

> しじまの広がる場所に そっと明かりを灯すの

> あなたたちは あらゆる扉を叩いては

> それを「運命」と呼び

> そこを「愛の棲み家」と呼ぶのね


 横浜埠頭の突端、海を跨ぐベイブリッジの灯りが、海面に引きちぎられた銀紙のように散っている。

麻耶は、友人であるアイリッシュの女と並んで、錆びた手すりに寄りかかっていた。手元にはコンビニで買った安ワインの小瓶。ネット小説で見かけた詩が気に入って、友人とシェアしていた。


「……割に合わない仕事だよ、脚本家なんて」


 麻耶は独り言のように、詩をなぞるような低い声で吐き捨てた。


 砧麻耶(きぬたまや)、三十八歳。


 業界での評価は「手堅い(三流)」。三十分の深夜枠を一本二十万弱で埋める、いわゆる「職人」だ。

かつては食うために、顔も知らぬ乙女たちのために、スマホゲームの中で甘い愛を囁く騎士ナイトや俺様王子のセリフを書き散らした。離婚してからは親の援助で家賃を払い、指先にタコを作りながら、「愛」という記号を大量生産する日々。


 二十四歳で結婚し、三十五歳で、お互いの「仕事」という名の静かな浸食によって離婚した。

元夫は、麻耶がまだ「星」になろうと足掻いている間に、あっさりと別の誰かと新しい「家」を築いたらしい。


「星になれなかった塵を掃いて、誰もいない暗がりに灯をともす……。それが私の仕事の、本当の名前よ」


 麻耶は、書きかけのオリジナル脚本『たそがれアラフォー』のプロットを脳内で反芻する。

最初は「たくましく生きる女」を書くつもりだった。けれど、キーボードを叩く指に絡みつくのは、元夫への恨み言や、深夜のコンビニで独りレジに並ぶ自分への嘲笑ばかり。


「……笑えるわよね。偉そうにドラマの登場人物の恋を操る『運命の神様』を気取っておきながら、その実態は、他人の幸せを物欲しそうに覗き見るオバサンだったってわけ。鏡を見るのが怖いわ」


 隣で静かに聞いていた友人が、ウイスキーの瓶を傾け、夜の海に視線を投げた。

彼は麻耶の独白を、アイルランドの古いバラッドのような節回しの英語に変えて、風の中に放った。


"Sweeping up the dust that failed to become a star,

Lighting a lamp in the hollows where no one goes.

That is the true name of this thankless labor of ours."


 彼女はそこで一度言葉を切り、麻耶の横顔を盗み見た。


"I played the God of Fate, pulling the strings of lovers,

But I was just an aging woman, peeking through the glass with hungry eyes.

I dare not look in the mirror—for fear of the truth staring back."


「……Ooh!、皮肉ね。英語にすると、少しは高尚な悲劇に見えるじゃない」


 麻耶は自嘲気味に笑い、冷え切った手すりを強く握りしめた。

指先には、まだキーボードを叩く微かな振動が残っている。

明日にはまた、自分の惨めさを削り出し、キラキラした虚構のラブコメに塗り替えなければならない。


 けれど、この「割に合わない仕事」を辞めるつもりはなかった。

星になれなかった塵を掃き集め、誰かの孤独な夜に小さな明かりを灯すこと。

それだけが、この横浜の暗い海に沈まずに済む、唯一の「錨」だと知っていたから。


 麻耶は、錆びた手すりに寄りかかりながら、隣に立つ女性に視線を投げた。


 キーラ・ライアン。四十二歳。


 アイルランドの西海岸からやってきたその女性は、小柄だが岩のように硬い意志を宿した瞳をしていた。数年前、渋谷の場末のバーで隣り合ったのが縁だ。当時、麻耶が「日本のウイスキーは世界一でしょ?」と自慢げにグラスを掲げると、彼女は鼻を鳴らして笑った。


「日本のウイスキーが世界一? Hah! 笑わせないで。本当の『命の水』を知りたきゃ、アイリッシュを飲んでごらんなさい」


 そう言って勧められたタラモア・デューの、草原を渡る風のような軽やかさと、奥底に潜む力強い穀物の香りに、麻耶は一発でノックアウトされた。以来、二人は時折こうして「命の水」を分け合う仲だ。


 キーラは、ポケットから取り出した小さなスキットルを麻耶に差し出した。中身はもちろん、アイリッシュだ。彼女は麻耶の言葉を、アイルランドの詩人たちが持つ寂寞とした、それでいて力強い響きの英語に変えて、夜の潮風の中に放った。


 キーラは一度、短く刈り込んだ髪を風に靡かせ、麻耶の横顔を見つめた。

スマホのリンクをタップして、自身のお気に入りの詩を麻耶のスマホに送信する。


"Your species knocks on every door, and calls it fate...

But you, you played the God of Fate, pulling the strings of lovers,

While you were just a woman, peering through the glass with hungry eyes.

You fear the mirror? Don't be. It only shows a soldier who survived the night."


「……ソルジャー(戦士)、ね。あんたにかかると、私の惨めさも少しはマシな物語に見えるじゃない」


麻耶は受け取ったスキットルを煽った。喉を焼く熱い液体が、胃の腑に落ちて、冷え切った身体を内側から叩き起こす。


「ふう……。アイリッシュは甘いくせに、後味がやけに潔いじゃない」



◆新番組の企画会議


 横浜の潮風に吹かれながら、麻耶の脳裏には十日前の光景が鮮烈に蘇っていた。


***

 いつものように、使い古したTシャツにスウェット、寝癖を隠すための深めのキャスケットという「いつもの深夜枠仕様」で会議室のドアを開けた麻耶は、一瞬、自分の入る部屋を間違えたかと思った。


 会議室を埋めていたのは、糊のきいたシャツに隙のない背広を纏った男たち。プロデューサーだけでなく、スポンサー筋か広告代理店か、およそ「物語の産みの苦しみ」とは無縁そうな、整然としたビジネスマンたちの群れだった。


 その中に放り込まれた自分――。

寝起きのパジャマに帽子を被ってきたような、締まりのない風体。

一瞬、気まずさが背中を走ったが、麻耶の脚本家としての本能が、すぐさまその違和感を「素材」として咀嚼し始めた。


(……ふん。この場違いなキャスティング。悪くないじゃない)


 自虐的な笑いが込み上げてくる。

自分は今、完璧に整えられたビジネスミーティングのシーンに紛れ込んだ、場違いな「掃除のオバサン」だ。あるいは、空気も読まずにシュレッダーのゴミを回収しに来たパート事務員。

その異物感こそが、退屈な日常に亀裂を入れる「フック」になる。


「物語の()()(アバン)なら、最高のキャッチね……」


 麻耶は、会議の内容よりも先に、その「惨めな自分」をどう動かせばドラマが跳ねるかを考えていた。

エリートたちの冷ややかな視線を浴びながら、心の中で「あんたたちの運命を操るのは、この掃除係の私なんだよ」と毒づく。

その瞬間だけは、一本二十万弱の脚本料という現実を忘れ、傲慢な「神様」の端くれに戻れる気がした。

***


「……マヤ? 妙な顔をして。また物語の中に逃げ込んだのかい?」


 キーラの少しハスキーな声が、麻耶を横浜の埠頭に引き戻した。

スキットルのアイリッシュウイスキーは、もう残り少ない。


「……別に。ただの自虐よ。私がどんなに惨めな格好で、どんなに惨めな言葉を書き連ねても、それを英語に翻訳して『戦士』なんて呼んでくれる酔狂な女がいるんだもの。書き続けるしかないじゃない」


 麻耶は、キャップを深く被り直し、キーボードを叩く指のシミュレーションを始めた。

次は、あの「背広の男たち」を、徹底的に自分の物語の中で振り回してやるのだ。



◆新人女優


 十日前のあの会議室、空気が澱んでいたのは換気のせいだけではなかった。


 集まった面々の顔ぶれを眺め、麻耶は自分の場違いな格好を自嘲するのをやめた。糊のきいた背広の奥に潜むのは、保身と計算、そして「商品」を再包装しようとする執念だ。大手映画会社のプロデューサー、スポンサー企業の広報部長、そして女優の所属事務所の重役たち。彼らが囲んでいるのは、十九歳の「劇薬」だった。


 君島祐美(きみじまゆみ)


 つい数週間前、ワイドショーを賑わせたばかりの顔だ。未成年飲酒、そして妻子ある共演者との不倫。主演ドラマを降板させられ、世間という名の法廷で火あぶりにされた少女。


 会議が進むにつれ、彼らの狙いは透けて見えた。深夜二十五時、ワンクール三十分枠のドラマ。これは再生のステップという名の「(みそぎ)」だ。泥を被ったヒロインが、深夜の闇に紛れてひっそりと、しかし戦略的に再デビューを果たすためのシナリオ。


「……つまり、悲劇のヒロインじゃなくて、もっと『等身大の罪』を背負わせたいんだよ」


 プロデューサーが、脂ぎった顔で麻耶に注文をつける。麻耶はそれを聞き流しながら、中心に座る君島祐美を凝視していた。


 当の本人である祐美は、まるでそこにいないかのようだった。

大人たちが自分のキャリアの「再生工事」について議論し、新しいレールを敷き直している間、彼女は焦点の定まらない瞳で、宙を舞う埃を見つめていた。指先で、見えないピアノを弾くように空気を掻き混ぜている。


(……彼女もまた、扉を叩くのをやめた人間ね)


 麻耶は思った。

十九歳の彼女にとって、この会議室は「運命(さだめ)」という名の(おり)だ。大人たちが「再生」と呼ぶそれは、彼女にとっては「矯正」でしかない。


ーーー


「……マヤ。あんたが迷っているのは、新しい仕事のこと?」


 横浜の埠頭、キーラのハスキーな声が回想を切り裂いた。アイリッシュウイスキーの熱が、麻耶の思考をさらに深く、残酷なところまで沈めていく。


「……見たのはね、幽霊よ。十九歳の幽霊が、自分の死体を片付ける大人たちを眺めてた。私はその死体に、どんな色の死装束を着せるか決める係だったってわけ」


 麻耶は手すりから身を離し、キーボードを叩く指を強く握りしめた。

あの時、空気と遊んでいた祐美の指先。あれは、誰の助けも呼ばない、静かな拒絶だった。


「『未だ生れぬ星の塵』なんて、綺麗なもんじゃないわ。あれは、一度死んだ星の燃えカスよ。私はそれを掃き集めて、また偽物の光を灯さなきゃならない」


 ポケットの震えに気づき、麻耶はスマートフォンを取り出す。

表示された名前は、君島祐美。


 祐美は演技の解釈について、原作者や監督よりも、なぜか砧麻耶――三流脚本家と自嘲する彼女に、よく意見を求めてくる。


 短い通話を終え、画面が闇に戻る。

麻耶は海のほうを一度だけ見やり、それから隣のキーラに声をかけた。


「キーラ。もう一杯だけ、あそこのバーで付き合って。書きたい『一行』が見えてきた気がするわ」


キーラは小さく笑い、埠頭の先に灯るバーの灯りへと歩き出した。



◆キーラ・ライアン


「日本って国は両極端だわね!」

 キーラは、ジンのグラスに溶け残った氷を指先で弾き、苛立ちを隠さぬように言った。


 彼女の職場は、アイリッシュウイスキーの製造元会社、その日本マーケティング部門における斬り込み隊長だ。ダブリンの本社から送り込まれた彼女の使命はただ一つ。日本人に「本当の『命の水』」を叩き込むこと。


 だが、現実は甘くない。日本では「ウイスキー」と言えばスコッチか、あるいは飛ぶ鳥を落とす勢いのジャパニーズだ。アイリッシュという響きは、まだ多くの日本人の耳には馴染みのない、遠い島の異国の調べでしかなかった。


「聞いてよ、マヤ。最近のこの国のウイスキー消費、どうなってると思う? 片や、ペットボトルの二リットル入りのトリスで安くあげる層。もう片方は、コニャックだのヴィンテージワインだのを、名前も読めずに買い漁る高所得者層。どっちも極端すぎて、アイリッシュの『ほどよい贅沢』が入り込む隙間もないのよ」


 キーラはスキットルに少しだけ残っていたタラモアを、麻耶のジンのグラスに垂らした。琥珀色の液体が、無色のジンの中で陽炎のように揺れる。


「安酒で酔いつぶれるか、金に物を言わせて喉を潤すか……。どっちも寂しい話だわね。命の水ってのは、一日の終わりに『今日も生き抜いた』って自分を労うためにあるのに」


 麻耶はその「混ざりもの」のグラスを見つめた。


 二極化。それは脚本の世界も同じだ。

何億もかけた超大作か、あるいは予算数百万で使い捨てられる深夜の端役。麻耶が書いている一本二十万弱の脚本は、そのどちらにも属さない、中途半端な「隙間」の仕事。キーラの売ろうとしているアイリッシュウイスキーと同じだ。


「……似てるわね。私たちの仕事」


 麻耶は少しだけ顔を上げて、キーラの青い瞳を見つめた。


「安売りして魂を削るわけにもいかないし、かといって、雲の上の存在になれるほど甘くもない。その隙間で、なんとか本物を届けようとして足掻いてる」


「Whoa!……。そう言われると、この商売も少しは詩的に聞こえるじゃない」


 キーラは自嘲気味に笑い、麻耶のグラスに自分のグラスを軽くぶつけた。


「あんたの脚本が、その十九歳の幽霊の『命の水』になればいいわね。安いトリスでも、高いコニャックでも癒せない渇きを、あんたの言葉が潤す。……それこそが、一番割に合わない、けど最高にエキサイティングな仕事じゃない?」


 麻耶は頷き、ジンの苦味とウイスキーの芳醇さが混ざり合った液体を喉に流し込んだ。

喉が焼ける。けれど、その熱さこそが、今自分が生きているという確かな証拠だった。


「行くわ、キーラ。二極化なんてクソ食らえよ。そのど真ん中に、風穴を開けてやる」


 麻耶は席を立ち、バッグから重たい型落ちのノートパソコンを取り出した。

夜の埠頭近くのダイナー。ネオンサインが明滅する下で、麻耶の指が再び動き始める。


―――第一話、ラストシーン。

親友に裏切られた瑠璃が、最後に口にするのは「絶望」ではない。

安酒の匂いと、アイリッシュの気高さが混ざり合ったような、

泥臭くも鮮烈な「復讐の産声」だ―――。



◆深夜枠のサスペンスドラマ


 君島祐美のドラマ会議の後、映画会社のプロデューサーは、監督と一緒に、脚本の砧麻耶を飲みに誘った。


 君島の不祥事について、報道では伝わっていない事柄を承知しておいてもらうためだ。


 映画会社のプロデューサーは、少し困ったように指先で膝を叩きながら、言葉を継いだ。


「彼女の演技に対する熱量は、同年代の子をはるかに上回る。当初の、あの無難で爽やかなヒロイン像は、彼女にとっては退屈な檻でしかなかったんでしょう。悪い男に付いていったのも、案外、自分の殻を破るための衝動だったんじゃないか……そう思わせるほど、不祥事の直前、ドラマ前半の彼女の演技は凄まじかった」


 そこまで言って、彼は苦いものを噛み潰したように言い澱んだ。

「ただ……致命的な欠点がある。彼女は、演技の力量を見抜いて、共演者への接し方を変えるんだ」


 現場からの報告によれば、彼女は相手役の若手俳優を含め、同年代の演者には氷のように冷淡だという。

『足を引っ張らないで』

『用もないのに話しかけないで』

 そんな剥き出しの言葉を、十七、八の少女が平然と投げつける。自分と同じ熱量を持たない人間を、彼女は徹底的に排除しようとするのだ。


 麻耶は、キャスケットの(ひさし)の下で、薄く笑いを浮かべた。

(……傲慢な天才、ってわけね。可愛いじゃない)

正直、君島祐美という女優個人には何の興味もなかった。ただの「扱いにくい商品」だと思っていた。だが、プロデューサーが放った一言が、麻耶の心の奥にある湿った火薬に火をつけた。


「君島は……(きぬた)さんの脚本ならやりたい、と言っているんです」


 その言葉が、今も横浜の埠頭で、アイリッシュウイスキーの香りとともにリフレインしている。


「……私の脚本、だってさ」


 麻耶は、空になったスキットルをキーラに返した。

君島祐美。あの日、空気と遊んでいたあの指先。

彼女が欲しがっているのは、耳当たりのいいラブコメの台詞ではない。もっとドロドロとした、星になれなかった塵を素手で掴むような、救いのない真実ではないか。


「キーラ、あの子はね……『鏡を見ろ』って言ってるのよ、私に」


 麻耶は独り言のように呟いた。

自分を物欲しそうなオバサンだと自嘲しながら、同時に、あの子の中に自分の影を見ている。同年代の若者を切り捨て、自分だけの「本当」を探そうとして自爆した、不器用な魂を。


「事務所の重役は、再生だなんて言ってたけど。あの子が求めてるのは『爆破』よ。自分を縛るレールの、ね」


 麻耶はスマートフォンを叩き、メモ帳に最初の一行を書き込んだ。


――『塵になっても、消えない灯がある』


「あの子に最高の『死装束』を縫ってあげなきゃならないわね」


 キーラは、麻耶の瞳に宿った静かな、しかし凶暴な光を見て、満足そうに笑った。

「Whoa!……ようやく戦場へ行く顔になったわね、マヤ。」


 十九歳の幽霊と、三十八歳の脚本家。

二人の女が鏡越しに手を結ぶ、新しい物語の幕が上がろうとしていた。



◆「星になれなかった塵」クランクイン


 横浜の場末、ジンにレモンを絞り込んだ安酒を煽りながら、麻耶はプロデューサーとのやり取りを反芻していた。


 提示された原作は、あるレディスコミックだった。

ストーリーの骨子は、ドロドロとした復讐劇。主人公の大垣瑠璃は、自分を捨てた男を破滅させるべく、親友の加賀美に協力を仰ぐ。献身的に支える加賀美。しかし、加賀美が真に憎んでいたのは、幸せの絶頂から転落した瑠璃そのものだった。

「復讐の完遂」という甘い罠へ瑠璃を導き、絶頂の瞬間にどん底へ突き落とす――親友という名の、最も近くにいる処刑人。


「……まあ、かなり筆入れさせてもらうけど、原作者はOKなの?」


 麻耶がタバコの煙を吐き出しながら訊ねると、ディレクターは、待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「それはもう! 砧先生に書いてもらえるなら、結末をハッピーエンドに変えてもらったって構わない、というのが原作者の意向です。製作サイドの意向は、とにかく『今の君島祐美』を最大限に活かしてくれ、ということです。


 十日後の撮影スタジオ。セットの隅で初めて言葉を交わした瞬間、十九歳――いや、つい先日二十歳になったばかりの君島祐美は、まるで旧知の仲のように麻耶に詰め寄った。


「仕事場にお酒の匂い……いいなあ。砧先生、ますますファンになっちゃいました」


 屈託のない、それでいてどこか挑発的な笑み。年長者に対する計算も、媚びもない。それは剥き出しの「野生」が、自分と同種の匂いを嗅ぎ当てたときに見せる、直感的な好意だった。


「年長者をイジるのはよしなさい。……あんまり生意気言うと、ラストを無理やりお花畑のハッピーエンドに書き換えてあげてもいいのよ?」


 麻耶が意地悪くイジり返すと、祐美は顔をしかめ、子供のように首を振った。


「それだけは許して! 私、そんな安っぽい出口、死んでも御免です!」


 鈴を転がすような笑い声がスタジオに響く。周囲のスタッフやマネージャーたちが、腫れ物に触るような視線で彼女を見守る中、祐美だけが麻耶の懐に、泥足のまま踏み込んできていた。


(……少なくとも、私のことを『同類』だとは思っているようね)


 麻耶は、キャスケットの庇を指先で直しながら、目の前の若い肉体を観察した。

未成年飲酒に不倫。世間から石を投げられ、一度は死んだも同然のキャリア。それが今、深夜二十五時の、たった三十分の枠に縋り付こうとしている。


 今度、撮影が終わったら、キーラの店にでも連れて行ってやろうか。アイリッシュウイスキーを教えるのは、彼女がもう少し、大人の「苦味」を理解してからでも遅くはないだろうけれど。


(この子……わかっているのかしら。ここが、自分が生き残れる最後の防波堤だってことに)


 二十歳。女優としては、再生を懸けるにはあまりにギリギリの、崖っぷちの年齢だ。

怖いもの知らずの「お年頃」で済まされる季節は、もう過ぎようとしている。このドラマが、彼女にとっての「命の水」になるか、あるいは最後にとどめを刺す「劇薬」になるか。それは麻耶のペン先に懸かっていた。


「わかったわよ。地獄の底まで連れて行ってあげる。……覚悟はいい?」


 麻耶の問いに、祐美は真っ直ぐに、吸い込まれるような瞳で応えた。


「望むところです。先生。私、ちりになるなら、一番綺麗な燃え方をしたいから」


 その言葉は、あの日横浜の埠頭で聞いた、キーラの翻訳する英語のように強く、麻耶の胸を衝いた。


 麻耶は微笑み、手元に抱えた決定稿の台本を、祐美の胸元に突き出した。

「星になれなかった塵」が、夜の闇を焼き尽くす。

そんな物語が、今、産声を上げようとしていた。



◆キーラの日本営業戦略


 横浜駅の喧騒から少し離れた路地裏。そこに、まるで近未来の港に停泊する母船のような異形のビルが佇んでいた。


 コンクリートの柱と床、そして無機質な階段。1階部分の壁という概念を削ぎ落としたその構造は、かつてル・コルビュジエが提唱した「ドミノ・システム」の具現化そのものだった。


「イラッシャイマセー! マヤ、お疲れさま! 席、空いてるわヨ!」


 カウンターの奥から、エプロン姿のキーラ・ライアンが、ひときわ威勢のいい声を張り上げる。

本業はアイリッシュウイスキーの輸入代理店に勤める傍ら、副業で月曜の五時から十一時まで、「間借り居酒屋」の女主人マスターという別の顔を持つ。


「見てよこれ。今じゃ副業の稼ぎが本業の給料を追い越しちゃったわ! 冗談じゃないわよね。相変わらず、近所のスーパーの棚にはアイリッシュのボトルの一本も並びゃしないのに!」


 キーラは、大きな鍋でコトコト煮込んだ「アイリッシュ・シチュー」を皿に盛りながら、豪快に笑った。

ビル1階の「ピロティ(Pilotis)」というシュールな空間。柱には日本のビールのポスターと並んで、ダブリンの街並みの写真が貼られている。この「和洋折衷の混沌」が、仕事帰りのサラリーマンや、麻耶のような夜型の人間たちの心を掴んで離さない。


「はい、お待たせ。タラモアのソーダ割り。……最近、日本のペットボトルウイスキーに慣れた客がここに来て、これを飲んで目を丸くするのを見るのが、私の最高の娯楽なの」


 彼女のお手製、ジャガイモたっぷりの「コルカノン(ポテサラ)」や、黒ビールで煮込んだ牛肉のシチューは、今や月曜夜の名物だ。

キーラは、まさに船の舳先に立つ船長のような足取りで、狭い厨房を自在に動き回る。注文を捌き、愚痴を聞き、高笑いと共にウイスキーを注ぐ。


「これこそが現代の『タヴァーン(taverns)』なのよ」


 キーラは、自身のキッチンカーユニットのステンレスを磨きながら、カウンターに座る麻耶に自慢げに言った。

このビルには駐車場がない。かつて車の停まる場所だった一階のコンクリート・スラブは、今や「食の寄港地」と化していた。


 月曜の夜、キーラの操る軽トラックはアイリッシュ・バー仕様。ドミノ・システムの所定の位置にスルスルと接岸パークされる。隣のユニットには、とんこつラーメンの店主が湯気を上げ、少し離れたスラブでは炉端焼きの炭が爆ぜ、焼きそば専門店がソースの焦げる香りを漂わせている。


「壁がないから、風が抜ける。でも、この厚いスラブが雨を凌いでくれる。最高じゃない?」


 客席は、ビルの構造体そのものを活かしたテラス席だ。周囲は防音と臭気対策を兼ねた常緑樹の植木で覆われ、都会の喧騒から隔離された「緑のシェルター」となっている。


 飲酒運転を物理的に排除するために駐車場を廃し、その余った空間を「キッチンカーのドック」に変えるという逆転の発想。


「これこそ、ル・コルビュジエが見たら泣いて喜ぶ『住居は住むための機械』ならぬ『ビル駐車場は商うための機械』ね」


 麻耶は、コンクリート打ち放しの柱を見上げた。

従来の重苦しい「店舗経営」という壁から解放された店主たちは、それぞれのユニットを抱えて、軽やかにこの建築物を渡り歩く。まさに、港を移動する船団だ。


「マヤ、見てなさい。このシステムなら、不況だろうがパンデミックだろうが関係ない。壁がないんだもの、いつだって逃げられるし、いつだって繋がれるわ」


「……自由な間取り、か」


 麻耶は、自分の脚本の構成を思い浮かべた。

自分もまた、古臭い「ドラマの壁」を壊さなければならない。どこまでも風通しがよく、それでいて強固な構造を持つ、新しい物語。


「いい場所ね、ここは。……星の塵を掃き集めて、明かりを灯すには、ぴったりのドックだわ」


 雨が降り始めた。

しかし、ドミノ・システムの巨大なスラブの下で、ニンニクとバターとソース、そして芳醇なアイリッシュウイスキーの香りに満ちていた。


 ここは、現代の荒波を凌ぐための、屋根ルーフだけの聖域だった。


「マヤ、あんたの脚本が幽霊の女優に魂を吹き込んでる間に、私は胃袋からこの国を征服してやるわ。どっちが先に『本物』を定着させるか、競争ね!」


 麻耶は、黄金色のハイボールを喉に流し込んだ。

本業のノルマや、スーパーの棚のシェア。そんな「数字の冷たさ」に背を向け、月曜の夜だけ現れるこの熱っぽい空間は、まさに「静寂が育つ場所に灯る明かり」そのものだった。


「いいわよ、キーラ。負けないわ。あんたのこの一杯が、いつかスーパーの棚をひっくり返すのを楽しみにしてる」


「Wow! 言うわね! じゃあ祝杯よ!」


 キーラが掲げたジョッキが、居酒屋の黄色い照明を反射してキラキラと輝く。

安酒のペットボトルと高級ヴィンテージの二極化? そんなものは知ったことか。

ここには、汗とバターとガーリックの匂い、そして確かな誇りを持って働く、大人の女の熱気が渦巻いている。


 月曜夜の横浜。

間借りの居酒屋は、今夜も荒波を越える「一艘の船」となって、酔客たちの夢を乗せて進んでいく。



◆深夜枠の旋風


 深夜二十五時の暗闇から生まれた『星になれなかった塵』は、業界の予測を鮮やかに裏切った。

視聴率は深夜枠では異例の三%台を叩き出し、SNSは毎週、君島祐美の「剥き出しの狂気」に震えた。スポンサーも映画会社も、手のひらを返したように彼女を「再生した奇跡のヒロイン」と称え、都内の高級ホテルで祝勝会を催す計画まで持ち上がっていた。


 だが、その浮足立った熱狂は、一発のシャッター音で冷水を浴びせられた。


 週刊誌の表紙を飾ったのは、あの会議室にいた映画会社の重役と、夜の街に消える君島祐美の姿だった。

妻子ある男性との、二度目のスキャンダル。


 世間は「二度目は確信犯だ」と激昂し、昨日までの称賛は、百倍の罵声となって彼女に降り注いだ。事務所は防波堤になることを諦め、君島祐美が「スター」という名の星へ続く道は、今度こそ完全に、音を立てて崩落した。


「……馬鹿な子」


 横浜のいつもの埠頭。麻耶はキーラから手渡されたタラモアを煽り、冬の夜空を見上げた。

君島祐美は、最初から知っていたのだ。自分に用意された「再生のレール」など、大人たちが都合よく書き換えただけの、退屈な塗り絵に過ぎないことを。彼女はあえて地雷を踏み抜き、自ら()(ちり)になることを選んだ。


「彼女、消えてしまったわね。マヤ。……あんたの書いた『死装束』を着たまま」


 キーラが寂しげに呟く。

「いいえ。あの子は今、ようやく自由になれたのよ。誰にも操られない、本物の『塵』にね」


ーーー


 翌年、麻耶を取り巻く世界は一変していた。

『星になれなかった塵』で証明された「剥き出しの人間描写」が評価され、麻耶には火曜九時、いわゆるゴールデンタイムの脚本が舞い込んだ。

当代の視聴率女王と、日本アカデミー賞の常連であるベテラン男優。鉄板のキャスティング、潤沢な予算。放送が始まれば、ネット配信サイトのベスト10には常にそのタイトルが並んだ。


 麻耶は今、一本百万円を超える脚本料を受け取り、最新のノートパソコンに向かっている。

けれど、煌びやかなスタジオの椅子に座りながら、麻耶は時折、あの深夜二十五時の、澱んだ空気の会議室を思い出す。


「……ねえ、祐美。あんた、今どこでどの扉を叩いてる?」


 鏡を見ることは、もう怖くない。

けれど、鏡の中に映る自分は、あの頃よりもずっと「立派な背広の大人たち」に近い顔をしている。

大衆が望む「運命」を書き、視聴者が「我が家」のように安らげる物語を量産する。それが成功だと呼ばれる世界で、麻耶の指先は、時折ひどく凍える。


 麻耶は、新しいドラマの決定稿の隅に、誰にも見えないほど小さな文字で、かつてキーラが訳してくれたあの一節を書き込んだ。


――Your species knocks on every door, and calls it fate.


「私はまだ、ここにいるわよ」


 麻耶は独りごち、キーボードを叩く。

どれほど華やかな光の中にいても、自分の本質は、あの深夜の埠頭で安酒を酌み交わした「アラフォー」のままだ。

いつかまた、あの「傲慢な幽霊」が目の前に現れたとき、恥じないだけの言葉を削り出すために。



◆ある女子会の風景


 それは、あの二度目のスキャンダルが世を騒がせる少し前、まだ『星になれなかった塵』の熱狂がスタジオを支配していた頃の、束の間の休息だった。


麻耶は、君島祐美を連れて、例の「ドミノ・システム」のビルへ向かった。一階のガレージ・セールのような賑わいの中に、月曜の夜だけ現れるキーラのアイリッシュ・バー。


「イラッシャイマセー! Whoa! マヤ、その可愛いお嬢さんは誰?」


キーラが目を丸くして迎える中、祐美は物怖じすることなく、コンクリート打ち放しのワイルドなテラス席に腰を下ろした。


「キーラ、あの子よ。私が話した『十九歳の幽霊』……今はもう二十歳になったけどね」


「Crikey!... あなたが、麻耶の『アクトレス(女優)』ね……」


 その一言には、脚本家である麻耶が、夜な夜なこのカウンターで吐露してきた物語への情熱と、それを受け止める「器」としての祐美に対する、最大級の敬意が込められていた。


「はじめまして、キーラさん。麻耶先生から、かっこいいマダムがいるって聞いてきました」


 祐美は、大人の視線にひるむことなく、不敵に笑って見せた。その度胸を気に入ったのか、キーラは「Ho!」と短く叫んで、焼き上がったばかりのアイリッシュ・バーベキューを差し出した。


「いい()()(つら)してるわ。さあ、食べなさい。麻耶の言葉を飲み込むには、まずこの肉を胃に収めなきゃ始まらないわよ!」


 祐美は屈託なく笑い、香ばしい薫りのバーベキューを頬張った。脂の乗った肉を噛み締め、追いかけるようにバスカーのソーダ割りを喉に流し込む。


 彼女は、アイリッシュ・ウイスキーの『バスカー(BUSKER)』をソーダで割ったグラスを、まるで勝負を挑むように一気に煽った。トロピカルフルーツのような華やかな香りが、炭酸とともに彼女の喉を駆け抜ける。


「最高! 砧先生、ここステキなお店ですね。壁がないのに、なんだか守られてるみたい」


 祐美は、グラスに残った氷をカランと鳴らし、幸せそうに目を細めた。

大人たちが用意した窮屈な料亭や、カメラを警戒してカーテンを閉め切った個室ではない。夜風が通り抜け、隣のユニットからはラーメンの湯気が漂ってくる、この雑多で自由なガレージ。


「Ho! いい飲みっぷりね、お嬢さん。気に入ったわ!」


 キーラがカウンターを叩いて喜ぶ横で、麻耶は少しだけ複雑な思いで祐美を見つめていた。

この時、祐美はすでに決めていたのかもしれない。

このバスカーの弾けるような輝きのあとに、自ら暗闇へと飛び込むことを。


「先生、私ね。このお肉みたいに、もっと直火で焼かれたいんです。焦げ目がついて、中まで熱々になって……そうしないと、本当の自分の味なんて分からない気がして」


 祐美は、半分空になったグラスを掲げ、ビルの隙間に見える月を透かして見た。

その瞳には、すでに日本という小さな島国のレールを飛び越え、遠いウエスト・エンドの霧を見据えているような、静かな覚悟が宿っていた。


「……そう。だったら、とびきり熱い火を用意してあげるわ」


 麻耶は、自分のアイリッシュを一口飲み、あの子の横顔を脳裏に焼き付けた。

ガレージの片隅で、二十歳の幽霊が「本物の女」へと脱皮していく、その最初の一歩。


 あれから、祐美は海を渡った。

今、ベルファストの風に吹かれている彼女の喉には、きっとあの夜のバスカーの、トロピカルな後味がまだ残っているはずだ。



◆アイルランドからのメッセージ


 成功の階段を上り始め、火曜九時の「売れっ子」となった麻耶の手元に、一通のメールが届いたのは、それから数ヶ月後のことだった。


 挨拶文の一言もない。ただ、添付された一枚の写真と簡単な近況報告が、すべてを物語っていた。


 そこには、霧に煙る重厚なレンガ造りの街並みを背景に、見違えるほど精悍な顔つきになった君島祐美が写っていた。隣には、彼女の肩を抱くがっしりとした体格のイギリス人男性。祐美は、かつて会議室で空気と遊んでいたあの指先で、今はしっかりと男の腕を掴み、カメラを真っ向から見据えて笑っている。


「……単身イギリスに渡って、ウエスト・エンドの舞台に、端役から出てるんですってさ。あの子」


 麻耶がタブレットの画面をキーラに見せると、彼女は「Blimey!」と声を上げて身を乗り出した。


「マヤ、これベルファストじゃない! ほら、背景に写ってるのはタイタニック博物館よ。北アイルランドまで足を伸ばしたのね」


キーラは懐かしい故郷の景色に目を細め、それから写真の中の祐美を指でなぞった。


「いい顔してるわ。日本の窮屈なレールを爆破して、自分自身の足で冷たい石畳を歩いてる。まさにサバイバー(生存者)ね」


「強い子ね……。呆れるより先に、感心しちゃうわ」


 麻耶は、自嘲気味に微笑んだ。

スキャンダルという名の爆薬で自らの椅子を焼き払い、言葉も通じぬ異国の地で、再び「塵」から始めようとしている。かつて麻耶が描いた大垣瑠璃よりも、ずっと過酷で、ずっと自由な脚本を、彼女は自分自身で書き上げようとしていた。


 麻耶は、手元にある火曜九時の華やかな台本をそっと鞄にしまった。

視聴率、スポンサー、好感度。そんな数字の檻の中で言葉を紡いでいる自分に比べ、あの子のなんと眩しいことか。


「……キーラ。あの子、メールに一言だけ添えてきたわ」


 麻耶が画面をスクロールした最後部、そこには短い英文が記されていた。


『I light the lamps where silence grows.(静寂が育つ場所に、私は灯をともすわ)』


 あの日、埠頭で語り合った詩の一節。

誰にも見向きもされない異国の端役として、沈黙の中で孤独に己を磨く彼女の決意。


「……負けてられないわね」


 麻耶は、新しい最高級のノートパソコンを開いた。

次の脚本は、もっと残酷で、もっと美しいものにしよう。

たとえゴールデンタイムの視聴者に受け入れられなくても、海の向こうで戦う「同類」の魂を震わせるような、そんな一行を。


「キーラ、もう一杯。今度はとびきり強いアイリッシュを頂戴。……ベルファストの風に負けないくらいのやつをね」


「喜んで。()()(ソルジャー)への祝杯ね!」


 二人の笑い声が、横浜の夜に溶けていく。

星になれなかった塵たちは、それぞれの場所で、誰にも消せない灯をともし続けていた。


ーー終わりーー

ーーーあとがき

 作者は年輪を重ねた大人の女性が好きです。

 世の中の荒波に揉まれても、つねに船の舳先へさきから航路をしっかり見通し、荒れ狂う風と波を被りながら、なお身じろぎもしない。そんな強さと気高さに、たまらなく惹かれるのです。


 かつて、水平線の彼方を目指した大航海時代は、男たちの野心と汗にまみれた船乗りの世界でした。しかし、現代という名の荒海において、羅針盤を握り、見えない未来へ漕ぎ出しているのは、むしろ女性たちではないでしょうか。


 脚本家・砧麻耶が、視聴率という数字の波に揉まれながらも「自分の一行」を探し続ける姿。

君島祐美が、自ら築いた瓦礫の上でなお、異国の地で端役から這い上がろうとする姿。

そしてキーラが、誰も知らない「命の水」の価値を信じて異郷の土を踏む姿。


 彼女たちは、星になれなかった塵を嘆くのではなく、その塵を燃料にして自らの航路を照らし出します。二十一世紀は、名もなき女性たちが主役となる「真の大航海時代」と言えるのかもしれません。


 この物語が、今もどこかで冷たい潮風に吹かれながら、それでも舳先に立ち続ける「戦士たち」への、ささやかな祝杯となれば幸いです。

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