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星の案内人 — The Keeper of Starlight   作者: テレン


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第4話 星の声を聴く方法

夜は、誰かの眠れぬ思考を伝うように流れていく。

灯台の翌朝、宵真はほとんど眠れなかった。

コンパスの内側――眠らない星は、夜明けを越えてもなお拍を刻み続けている。

短く、短く、長く。

それが一拍でも途切れると、この部屋の空気が止まってしまいそうで、彼は何度も胸の上で指を動かした。


机の上には、凛が置いていったメモがある。

『甘いものは、寝不足の敵であり味方。飲みすぎ注意。』

下に小さく、カップの絵が描いてあった。

彼女の字は、やわらかく癖がない。

だが、行間に「気づいてほしいこと」がある気がした。



午前。

外では工事の音が鳴っている。

宵真は窓を開け、光を胸に押し当てた。

「眠らないお前に、音は聞こえるか?」

光は、わずかに脈を打つ。

短く、長く、短く。

拍が変わっている。

人の呼吸のリズム――だがこれは誰の?


宵真はコンパスの蓋を開き、針ではなく、蓋の内側の星座の線を見つめた。

昨夜よりも点が増えている。

形は、耳のように見えた。


「声を……聴けってことか」

誰に言うでもなくつぶやく。




昼下がり、喫茶「風読かざよみ」の前。

凛がテーブルのクロスを干していた。

彼女は宵真を見るなり、ため息をついた。

「寝てない顔」

「案内人は、夜型の生き物だから」

「人間は昼型なんだよ。ほら、これ」

渡された紙袋には、ホットサンドと冷たいココア。


「甘いけど、冷たいほう。寝不足用」

「それは医学的に正しいのか?」

「私の経験則。あと勘」

「信用できそうにないな」

「案内人の勘よりはマシでしょ」


笑い合いながら、宵真は屋台の隅に腰を下ろした。

風が通る。

ふと、彼は胸元の光を見下ろす。

凛が気づき、目を細めた。


「……それ、昨夜より強いね」

「ああ。まるで“聞き耳”を立ててるみたいだ」

「音が聞こえる?」

「いや、まだだ」


彼はコンパスを取り出し、蓋を開けた。

星座の線は、もう耳の形を完全にしていた。

凛が思わず息をのむ。

「……それ、“聴くための図”なんじゃない?」

「聴く?」

「星の声。あなたが案内してきた光たちの声を、思い出させるための形」


宵真は黙った。

もし凛の言葉が正しいなら――この星は“眠らない”のではなく、誰かの声を探しているのかもしれない。




夕方。

川沿いのベンチ。

宵真は耳の形をした星座をコンパスごと手に取り、目を閉じた。

風が川面を撫でる音、遠くの踏切の鈍いベル、鳥の影。

そのすべての隙間に、わずかな響きが混ざる。


──よいま。


一瞬、時間が止まった。

声は淡く、まるで水面の反射のようだった。

知っている。

誰の声か。

けれど、思い出す前に、拍が変わった。

短く、長く、長く。

眠らない星が警告のように光を強める。


「……まだ、聴くなってか」


彼は深く息をつき、蓋を閉じた。

光が遮られ、声も途絶える。


その時、後ろから声がした。

「宵真くん。今、誰かと話してた?」

振り向くと凛が立っていた。

「星と」

「恋人みたいな言い方」

「嫉妬か?」

「違う。……でも、少しだけ、羨ましい」


彼女の瞳には、淡い疲れと、なにかを堪えるような笑みがあった。

宵真は気づいた。

眠らない星の光が、彼女の胸元にもわずかに反射している。

その拍――短く、短く、長く。

同じだ。


「凛」

「なに?」

「お前……その光、見えてるのか?」

「少しだけ。たぶん、最初にあなたが拾った夜からずっと」


宵真は息を呑んだ。

案内人の光を見ることができる人間は、ほとんどいない。

それは“失いかけた人”か、“まだ誰かを探している人”だけ。


「君は、何を探してる?」

「さあ……。

 ただ、ある夜からずっと、誰かの声が聞こえるの。

 短く、長く、短く。

 拍だけで、言葉はないけど」


宵真の指先が震えた。

眠らない星の拍が、その瞬間、同じリズムで鳴った。

ふたつの鼓動がぴたりと重なり、

星座の線が一瞬、凛の影の方へ延びる。


彼女はそれを見つめ、囁いた。

「宵真くん。

 その星……もしかして、“私の声”を聴こうとしてるんじゃない?」




夜。

風が変わった。

南東から北西へ。

灯台の影がゆっくりと形を変える。


宵真は屋台の下で、コンパスを膝の上に置いた。

凛は隣に座って、カップを両手で包む。

ふたりの間の空気に、星の拍が混ざっていく。


短く、長く、短く。

短く、短く、長く。


交互に繰り返され、まるで会話のようだった。

光が宵真の掌から溢れ、凛の指先へと薄く渡る。


「……聴こえる?」

「うん。声じゃなくて、気配。

 “ありがとう”って言ってる」


宵真は目を伏せた。

眠らない星の琥珀色が、まるで安堵の涙のように滲んでいる。

「君には、どうして聴こえる?」

「さあ。

 もしかしたら、私も案内人だったのかもしれない。

 でも、何を案内していたのかは忘れたの」


沈黙。

夜がやわらかく降りてくる。

屋台の灯が小さく揺れ、光の粒がふたりの肩に降りかかる。


「……声を聴く方法、分かった気がする」

宵真が呟く。

「それは?」

「聴こうとしないことだ。

 星の言葉は、耳じゃなくて“迷い”で聴く。

 だから、迷いが残ってるうちは、まだ聴ける」


凛は笑った。

「あなたの迷いが、世界を救ってるってことね」

「救いすぎたら、帰れなくなるけどな」


ふたりの笑い声が夜に溶ける。

コンパスの蓋の内側、耳の形だった線がゆっくりとほどけ、

代わりに心臓の輪郭が現れ始めた。

拍がそれに呼応する。

短く、長く、短く、長く。


それはもう、誰かの“声”ではなく――宵真自身の音だった。




その夜、眠らない星はようやく光を弱めた。

けれど完全には消えない。

凛の胸元にも、同じ光がわずかに残っている。


「……おやすみ、宵真くん」

「案内人は、眠らない」

「でも、“光の側”は眠るんでしょ」

「そうだな」


風が通り抜け、屋台のランタンを揺らした。

宵真は空を見上げ、薄く微笑んだ。

「おやすみ、星の声。」


拍が最後にひとつ鳴り、静寂に溶けた。

それは夜の終わりではなく、新しい始まりの拍だった。

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