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星の案内人 — The Keeper of Starlight   作者: テレン


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最終話 風を継ぐ者

朝の空気には、微かな潮の匂いが混じっていた。

遠くで列車の音が響き、

街の屋根の上を淡い光が流れていく。


宵真よいまは、ゆっくりと屋台の幌を上げた。

木のテーブルは夜露を吸って冷たく、

手拭きで撫でるたびに、

昨日より少しだけ深い艶を帯びていく。


風が吹く。

鈴がひとつ鳴る。

その音を聞くだけで、

凛の声がどこかで笑っているような気がした。


「……今日も、いい風だな」


湯を沸かしながら、宵真はコンパスを取り出した。

針はもう、どの方角も示さない。

ただ、蓋の裏に刻まれた四つの名前が

淡く光を放っている。


明灯

宵真


最後のひとつだけ、

まだ掠れた線のように未完成だった。

――それでいい。

風がある限り、線は続いていく。




昼。

屋台には、ひとりの青年が現れた。

白いシャツに、淡い灰色の瞳。

どこか、あの日の自分を思い出させる面影があった。


「コーヒー、ください」

「浅煎りでいいか?」

「はい。……あの、ここ、前からやってました?」


「いや、俺も途中から引き継いだんだ。

 前にここをやってた人がいたんだよ」


青年は少し笑った。

「なんだか、風の通りがいい場所ですね」

「だろ? この場所は、いつも風が話してる」


カップに注いだコーヒーの香りが、

昼の光と混ざって広がる。

湯気の中に、淡い琥珀色が見えた気がした。


凛の灯。

まだ、消えていない。




夕方。

空が群青に変わるころ、

宵真はノートを開いた。


表紙には、

『風と星の記録』と書かれている。


凛が書き始め、

朔が地図を描き、

明灯が最後のページに風の言葉を残した。


そのノートの余白に、

宵真は静かに書き加える。


「光は、渡すもの。

風は、それを運ぶもの。

そして人は、その間に立つもの。」


書き終えると、

風がまた一枚ページをめくった。

そこには古いインクで記された詩の断片があった。


『風は声を持ち、

声は名を持ち、

名はやがて灯に変わる。』


朔の筆跡だった。

宵真は笑みを浮かべる。

「やっぱり、お前らはもう全部知ってたんだな」




夜。

屋台の灯がともる。

風鈴の音が少し高くなった。


宵真は客の途切れた時間に、

椅子を外へ出して腰を下ろした。


空には、

四つの星が並んでいた。


ひとつは白く、ひとつは金色、

ひとつは琥珀、そしてひとつは淡い蒼。

それぞれが呼吸をするように光を揺らしている。


「……俺はまだ、迷ってるのかもしれないな」


呟く声に、

風が小さく応えた。


短く、短く、長く。

短く、長く、短く。


その拍が、

まるで「それでいい」と告げているようだった。


宵真はポケットの中のコンパスを取り出す。

針は動かないが、

中の琥珀が微かに震えている。


その光の中に、

ふと凛の顔が浮かんだ気がした。


「宵真くん。

迷ってる限り、風は止まらないよ。」


「……そうだな」


声のない返事をして、

カップの残りを飲み干す。

コーヒーは少し冷めていたが、

喉を通る瞬間だけ、やけにあたたかかった。




夜更け。

風が街を渡っていく。

その中に、微かな声が混ざっていた。


「——風を継ぐ者へ。」


宵真は顔を上げた。

空に、ひとすじの光が走る。

それは流星ではなく、

どこかで新しい“星の案内人”が生まれた合図だった。


その瞬間、胸の奥の拍が変わった。

短く、長く、短く。

そして、その後に長く、静かな間が訪れた。


それは、

“終わりではなく、始まり”の間だった。


宵真は、コンパスの蓋を閉じる。

蓋の裏には、見慣れた四つの名前の下に、

新しい刻印が刻まれていた。


──To the next Keeper.


彼はゆっくりと立ち上がる。

風が頬を撫で、

屋台の風鈴が最後の一音を響かせた。




夜が明ける。

街が目を覚まし、

通りを渡る人々の間を、

風が静かにすり抜けていく。


宵真は屋台の看板を拭きながら、

小さく呟いた。


「風がある限り、

どんな迷いも道になる。」


その言葉が、

誰に向けたものなのか自分でも分からなかった。

でも確かに、

風はそれを拾って、遠くへ運んでいった。


空にはもう星はない。

けれど、光はまだそこにあった。

見えないだけで、

確かに、息をしている。


宵真は目を閉じ、

静かに笑った。



その夜、

空の彼方で四つの星が線を結ぶ。

そこにもうひとつ、

小さな灯が加わった。


それは、

新しい風の名を告げる星。


――「Yoima」


風は続く。

声は巡る。

光は渡る。


案内人たちは、

今日もどこかで星を守っている。


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