春は別れの季節と言うが
街灯も少ない田舎の公園・・・夜間に出歩くには・・・まぁ、田舎だから何も起こらないのだが・・・。
そんな平和な公園の夜。二人の男女が佇んでいた。
「吐く息が白くなってきたな。」
「そうね。」
12月。まだ雪は降っていないが、日が落ちるのはすこぶる早い。
公園のベンチに腰かけてそろそろ30分。体がだんだん冷えてきている。
「俺さ、東京に行こうと思う。」
「・・・なに?いきなり。就職先が東京なの?」
「いや、大学に行こうかなって。」
俺はやっとの思いで言葉を押し出した。
最近付き合い始めたばかりで、手を握った事も数回しかない。高校3年になって、なんでこんな時期にって感じで何となく付き合い始めたのだ。
「弘、あんた、学校の成績は?」
「・・中の下・・・。」
「そんなんで、大学なんて行ける訳ないじゃないの。」
「ほら、推薦とか、あるんだよ。」
「・・・馬鹿が大学行ってどうすんのよ!近場の専門学校でも良いでしょ?」
「でも、大学行った方が、就職とかにも有利だろ?」
俺は、冷たくなった缶コーヒーを一口飲んだ。
「じゃぁ、あたしはどうすんの?」
「待っててくれ・・・とは言いにくいな。」
「そうね。2年ならまだしも、4年でしょ?」
「恵の事が嫌いなわけじゃないんだ。ただ、将来の事を考えるとさ・・。」
正直なところ、恵が止めてきたら、少し考えなおそうかとも思った。
そんな軽い気持ちで大学進学の話をしていたら、いつの間にか俺の進路が確定していたんだ。
就職する奴は9月の半ばには就職先を決めてしまう。
この時期まで将来が確定していないのは、大学を受験する奴くらいだろう。
なんでこうなったんだろう?
「ね、あたしたち、何となく付き合い始めたけど・・・。ちょっと早すぎるかもだけど、スパッと辞めちゃおうか。」
恵が後ろを向いて、俺に提案してきた。
勝手に進路を決めて、勝手に別れを切り出して・・・。
「そう、だな。・・・短かったけど、楽しかったよ。」
「じゃぁ、体に気を付けてね・・・。」
俺の返事を待たずに、恵は走って帰っていってしまった。
何か、かっこ悪いな。俺って。
春は別れの季節って言うけど、ホントはもっと前に別れは済んでいるんじゃないだろうか。
勝手な自分が嫌いになった冬・・・は、あっという間に過ぎて、いつの間にか3月。
大学の合格通知を貰った時は、小躍りをして喜んだが、今は新しい生活への期待と、実家を離れる不安とが入り混じっている。
「おい、弘。お前、自炊できるのか?」
「何言ってんの。母さんが倒れたとき、自分で弁当作って学校行ってただろ?」
「そうか・・・。」
今は、父親の車で学校の傍にあるアパートに向かっている。
荷物は最小限で、布団と勉強道具、着替え類と洗面用具。あとは、母親から渡された座布団。
何か、座布団持っていけば何とかなるって、意味不明な事を言われて持たされたんだっけ。
「おい、弘。生活費は、バイトをして少しでも稼ぐんだぞ?」
「はいはい、何回も聞いたよ。奨学金も出るし、大丈夫だって。」
窓の外は既に夜。工事中の赤いランプが高速で移動している。
一体どれくらいの時間走っていたのだろうか。辺りの景色が山や森から、近代的な建物に変わってきた。
あぁ、これから本当に一人暮らしが始まるんだな・・・。
ぼぉーっと考えながら外を見ていると、いつの間にか車は速度を落として、とある建物の前で止まった。
【不死身荘】
これって、昭和の建物か?と思う位のボロアパートだ。
しかもこのネーミング・・。ここの大家はバンパイアか何かなのだろうか?
「・・・はい、では、これからよろしくお願いします。」
父親が大家と話をしていた。
父親が大家にお辞儀をしたので、慌てて俺もお辞儀をする。
「はい、よろしくね。じゃ、ここの説明をするわね?」
30台後半だろうか。中々ごつい体格のおばちゃんが大家さんのようだ。
おばちゃんって言うのも、お姉さんと言うのも違うような気がするが、一応おばちゃんにしておこうか。
「ここが風呂。あそこがトイレね。あんたの部屋は・・・どこがいい?今なら角部屋と真ん中とが開いてるよ?」
「じゃ、角部屋で・・・。」
「101号室ね。・・・あとね。103号室が内装をいじってるから、そこの子と今日は一緒に泊まってね。明日には終わるから。」
「はい、わかりました。」
風呂とトイレは共同か・・・。いまだにこんなアパートが残ってるんだな・・・。
・・・なぜ、廊下の真ん中にプロレスラーの等身大のポスターが貼ってあるんだろうか・・・?
大家さんの趣味?
で、今日は同居人が要るって事らしいので、挨拶でもしておこうか・・・。
荷物は車に置いたまま、角部屋の101号室のドアノブを回す。鍵はかかっていない様だ。
「あ、どもっす。」
「あ、どうも、今日は一緒らしいっすね。」
やたらと体格がいい男が座っている。恐らく同年代・・・少し話をしてみたが、少々なまりがきつくて、よく聞き取れないな・・・。
「あぁ、そうなんすね。所で、出身はどちらで?」
「わ?わぁ、青森だよ。」
「わぁ?・・あぁ、青森出身なんだ。」
「そ、『わ』ってのは『私』っていみね。」
「へぇ~。そうなんだ。」
「そそ、わたしとか言ってたら、口ん中凍っちゃうから。」
・・・それは大げさだろ?この人の鉄板ネタか?
3月の最終週。俺は、名も知らない男と知り合う事になった。