6.お手伝い
翌日の朝礼、シエラは廊下に並ぶクルーの前に立ち挨拶をする。並んでいるのはウィンとクロード、飄々とした茶髪の男性はエーヴェルというらしい。
その隣の長身痩躯の物静かな男性は昨日ホットチョコレートを作ってくれたユヅルハだ。
顔に大きな傷痕があるが、本人の雰囲気のためかいかつい印象は全く起こらなかった。
「シエラです。アデーレさんに無理を言って掃除手伝いをさせてもらうことになりました、よろしくお願いします!」
「シエラさん、よろしくね」
「よろしくな、シエラの嬢ちゃん」
クロードがにこりと微笑み、エーヴェルが気さくに挨拶する。
「シエラ嬢、ユヅルハと申します。以後お見知り置きを」
ユヅルハが恭しく一礼するのをシエラもお辞儀して返した。アデーレはその横で彼らを眺めている。
「掃除、ってことはあたしの手伝いになる的な?」
その中でウィンがアデーレとシエラを交互に見やりながら聞いてきた。アデーレはウィンの方を向くとシエラの背を押してウィンの元に行かせる。
「やってもらうのは船内清掃と雑用だから、そうね。みんなの手伝いだけど主にあなたに委ねることになるわね、ウィン」
「ウィンさん、よろしくお願いします」
「オッケー! わかりました! シエラちゃん、あたしに任せてちょーだい!」
胸を張って先輩然とするウィンにエーヴェルがおかしげに笑う。
「なんて調子いいこといってるが、このちんちくりんも大概おっちょこちょいだから面倒見てやってくれよ」
「誰がちんちくりんよ! ってかおっちょこちょいは余計!」
突っかかるウィンとからかうエーヴェルを、パンパンと手を叩いてアデーレが制する。
「ほら、あまり騒がない。フォレシア帰投まで三日あります。それまで安全航行を心がけるように! 以上」
さっさと業務に取り掛かれと言わんばかりに朝礼を切り上げたアデーレは、ウィンの側に立つシエラに向き直った。
「シエラさん。こんなふうに自由気ままな人たちだけれど、仲良くしてやってくださいね」
「はい、アデーレさん。がんばります!」
そして各々が自分の持ち場に戻っていく。アデーレは支配人室、クロードは厨房へ、エーヴェルは倉庫のある後方区画、ユヅルハは船首にある展望室へ。
残されたシエラはウィンと共に船内の清掃をはじめることとなった。
廊下の清掃に、客室の清掃と整頓。オルテンシア号は仕事を終えて母港のあるフォレシアに向かう途中だとシエラは廊下の掃除がてらウィンに聞かされた。
「フォレシア、ってどんなところなんですか?」
シエラは自分の世界の他に世界があることすら知らなかったから、自分から見れば異世界にあたるフォレシアを知らない。
ウィンは当然のように出てくるシエラの疑問にモップ片手に答える。
「フォレシアはうちの会社があるとこっていうか、本拠地みたいなところかな。正確にはファンダメントって世界にあるフォレシア王国ってとこなんだけど。ここ百年かで異世界間航行を発展させてる最先端の国ってやつ」
「異世界間航行……」
「今いる世界から別の世界へ飛んでいくってことだけど、普通なんか実感湧かないよね」
ウィンが苦笑いしながら言うが、シエラには途方もないことのように思えた。
「世界なんて一つしかないと思ってたのに、他にも世界がいっぱいあるなんて全然想像つかないです」
「フォレシアでは異世界なんてあたりまえだけど、知らない人からしたらとんでもないことに見えちゃうのもしかたないかぁ」
ウィンは少し得意げになりながら鼻先を擦る。
「他にもわからないところがあったらどんどん聞いて。このウィンさんがなんでも答えてあげる! 臨時でも立派な先輩なんですからね!」
頼もしいウィンの言葉に、シエラは表情を緩めて頷いた。
二手に分かれて廊下の掃除をしているうちに、シエラは後部区画まで来てしまった。エーヴェルがここの倉庫や用具室で点検をしている、とはウィンから聞いている。
後方の一番奥にはホテル然とした内装にそぐわない鉄の扉があり、横を見ればスタッフルームや備品庫といったルームプレートが見える。
「おや、道に迷ったのかな」
軽い調子で声をかけられ、シエラは振り返る。そこには備品だろう箱を小脇に抱えたエーヴェルが立っていた。
「エーヴェルさん。こっちの方まで掃除しに来たんですけど……」
「なるほど、そりゃお疲れ様だ。ありがとうな」
掃除のことを告げるとエーヴェルは爽やかな笑みで礼を述べてくる。飄々としていながらも顔立ちは整っているから、見る人が見れば好青年に見えるだろう。
シエラもはにかみながら会釈し、それに応える。
「それで。気分は落ち着いてきたかい」
軽い物言いだがさりげなく気遣ってくるエーヴェルの言葉に、シエラはこくりと頷いた。
「まだ、実感は持てないですけど……今はやれることをやらないとって。それに体を動かしてたほうが頭もすっきりしてくるような気がするんです」
「そりゃいいことだ。世の中、動いたもん勝ちだからな。案外たくましいみたいでなによりだよ」
女の子に対してたくましい、というのは少し引っかかるが、エーヴェルには悪気がないようだ。
それに純粋にシエラが頑張っていることを応援している。シエラはおかしげに笑ってありがとうと礼を述べた。
「シエラちゃーん、そっちどう? ってエーヴェルじゃん」
ウィンが廊下の向こうからモップをかけながらやってきた。シエラを見た後エーヴェルにぎゅっと顔を顰め、さっさとシエラの腕を掴んでしまう。
「もう、助けた女の子までナンパする気?」
「んなわけあるか、守備範囲外だ」
ウィンのからかいに呆れまじりでエーヴェルはひらひらと手を振る。
「あっ、ひっどーい! 年頃の女の子なのに! ねーシエラちゃん」
「えっ、私はエーヴェルさんのことは別に……」
興味がない、とばかりにシエラが素で答えるとひらひら手を振っていたエーヴェルががっくりと肩を落とす。
「そ、それはそれで傷つくな……」
「す、すみません」
「いいのいいのエーヴェルだから」
「ふふ……」
その一連がおかしくてシエラが笑みをこぼすと、ウィンとエーヴェルがお、と声を上げる。
「笑ってくれたな」
「元気、出てきた?」
二人して自分を心配してくれていたことにシエラは気付く。そしてその心遣いにほんのりと心が温まった。
少し、息がしやすくなったような。そんな和らぎさえ感じる。
「優しいんですね。二人とも」
「遭難者とはいえ、臨時のお客みたいなもんだからな。楽しく過ごしてもらうのが何よりだよ」
「あたしはほら、臨時でもシエラちゃんは後輩なわけだし? 先輩としてちゃんと監督しないとってうか~」
気さくなままのエーヴェルと少し照れくさそうにするウィンの反応にシエラは自然と笑みを浮かべていた。
それを見てエーヴェルとウィンは顔を見合わせてにんまりと笑い合った。
「それより次は客室の点検と掃除! 張り切っていこ!」
そしてウィンはシエラの腕を引いていく。心なしか弾んだ声の調子に、シエラも少し嬉しくなった。
こんな風に人と話せること、そして、人とこんな風に話をしていけるウィン達が、少し羨ましかった。




