5.シエラの決心
もっと取り乱すかと思っていたのに、案外自分は驚かないんだとシエラは意外そうに自分を見ていた。
帰る場所がなくなったこと、生存者がおそらくシエラだけだということ。ショックが大きかったせいなのか逆に泣き喚くことをせずに淡々と時間を過ごしている。
ウィンがやってきてマグカップを下げていった後は、アデーレと二人で過ごした。アデーレはシエラに改めてシエラの立場とこれからを説明した。
「……という形なんですが、簡単に言えばシエラさんはこれから私たちの世界の一員としてフォレシアという国が保護します。遭難者のための施設もありますから、生活の面は心配することはありませんよ」
アデーレから聞くに、シエラは異界遭難者という立場だそうだ。その遭難者が救助された時どうなるかを説明されたのだが、難しい用語はあまりわからない。
噛み砕いて説明されたことで、ようやく自分が保護されて新しい場所で生活するのだということがわかった。
「でも、いきなりそんなことになるなんて……」
「フォレシアに帰投するまでまだ二、三日かかりますから、ゆっくりしてもらって大丈夫ですよ。気持ちの整理もつけたいでしょうし」
アデーレは気遣ってくれるが、シエラは逆にそれが息苦しい。このまま黙って過ごしていると、心が止まってしまいそうな気持ちになる。
「私……」
シエラはなんとか言葉を捻り出そうとするが、上手い言葉が出てこない。言葉に詰まるシエラを見たアデーレは、穏やかな表情でシエラに言った。
「食事を用意させます。何かお好きなものや苦手なものがあれば仰ってください。シェフに作らせますので」
何かありますか? とアデーレに聞かれ、シエラはホットチョコレート以外何もとっていないことに気づく。
途端に腹が空腹を訴え出して、シエラは気恥ずかしそうに眉を下げた。
「じゃあ、ミートボールのパスタがあれば」
アデーレが頷き部屋を出ていく。しばらく待っていると、長身の男性と共にアデーレがカートを押して部屋に入ってくる。
男性はシェフだろうか白い制服を着て揃いの大きなエプロンをしている。細身の体と銀髪に、薄青の瞳には丸メガネをかけていた。
そのせいかだいぶおっとりとして人当たりのいい印象がある。中性的な顔立ちがシエラを見てにこりと微笑むと、まるで女性に微笑まれたように柔らかい心地がした。
「お食事です。こちらはシェフのクロード」
「初めまして、シエラさん。シェフのクロードです。ご飯食べて、元気出してね」
アデーレはカートのクローシュを持ち上げ、中の料理を見せる。そこにはシエラの注文通りのミートボールパスタが湯気を立てていた。
ふわりと香るトマトソースの香りが食欲を引き立て、思わずシエラは唾を飲み下してしまう。
アデーレはミートボールパスタをテーブルに置くと、シエラに向き直った。
「それでは、一旦私たちは席を外しますから。何かあればテーブルの呼び鈴を鳴らしてください」
そう言ってアデーレはクロードと共に部屋を出ていく。残されたシエラはベッドから出てパスタを食べ始めた。
トマトソースの旨味にミートボールが絶妙に合う。パスタもよくソースが絡んでいて、それでいて食べやすい。
昔孤児院で食べさせてもらったミートボールパスタは大皿に山盛りになっていた。それをみんなで分けていて、いつもミートボールは取り合いになっていた。
それを思い出しながら食べているうちに、シエラの頬に雫が流れる。
もうみんなで食べることもできないのだ。今更になってもう帰れない実感が湧き上がってきて、シエラはぽろぽろと涙をこぼしながらパスタを食べた。
これからどうすればいいのだろう。フォレシアという国で生活が保障されるということより、自分のこれからがシエラは不安になる。
もう帰る場所もなく、なんとなくでも自分が決めた道は閉ざされた。いきなり新しい生活をしろと言われても、希望がない。
何をすればいい、どう暮らせばいい。何もなくなってしまったのに。
闇の中でもがくように考えたとき、ふとポケットに何かが入っていることに気づく。
「……! これ、あのおじさんがくれた万年筆……」
おじさんに旅の餞別として渡された万年筆が、ポケットの中に入っていた。あんな状況の中でも、なくさずに持っていられたことにシエラは何か縁を感じてしまう。
琥珀色の万年筆を眺めれば、あのおじさんの言葉が頭をよぎる。
――人生は旅みたいなものさ。
「楽しみなさい、って言ってたな……」
知らない場所に行って、好きなことややりたいことを見つけにいく。やりたいこともなりたいものもわからない自分ができること。
泣きながら考えて、シエラは一つ決心する。
「……やれること、やろう」
いくら泣いても自分の故郷が元に戻るわけではない。不安でいっぱいだが、今できることをしようとシエラは思った。
パスタを食べ終えた後、シエラは涙を拭って呼び鈴を鳴らす。呼び鈴がなってから、それほど間を空けずにアデーレのノックの音が聞こえた。
「シエラさん? お食事はどうでした?」
シエラは返事をしてドアを開けると、思い切ってアデーレに頼み込んだ。
「パスタ、美味しかったです。それと、お願いがあるんですが……よかったらこの船のお手伝いをさせてもらってもいいでしょうか? このまま休んでいたらなんだか……気持ちが落ち着かなくて」
アデーレは少し考えるそぶりをした後、ゆっくりと頷く。
「ええ。あなたがそれで落ち着くのなら、拒む理由もありません。頼める仕事は掃除や雑用あたりの軽いものばかりになりますが」
「構いません。何もしないでいるより、ずっといいです」
シエラのまっすぐな眼差しを受けたアデーレは、ふっと笑みを作ってシエラに手を差し出した。
「うちのクルーにも伝えておきましょう。では、よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします!」
シエラは差し出された手にしっかりと握手して応えた。




