3.オルテンシア号・救助
世界の狭間を航行する旅客船、オルテンシア号。その操舵室。
ハーフオークの操舵士レアは計器と前方の景色を見ながら伝声管で船長であり支配人でもあるアデーレに連絡を取った。
「こちらレア。アデーレ、この近辺で世界崩壊が起こってるみたいだよ」
「珍しいわね。この辺りは安定した航路のはずだけど」
「局所的な崩壊じゃないかね。運が悪い世界もあったもんだよ」
オルテンシア号が通過している空間は世界の狭間、世界と世界をつなぐ何もない空間だ。
そこに無数の異世界が浮かんでおり、オルテンシア号はその中でも空間の安定している小世界帯と呼ばれる区間を航行していた。
「大方小世界同士がぶつかって相互崩壊を起こしたってところだね。世界の反応が二つ消えてる」
「二つも、か……」
レアの報告にアデーレの気落ちした声が返ってくる。アデーレはたまに世界を気遣うような物言いをすることがあるが、それがなぜかはレアにはわからない。
「それで、今その宙域の真っ只中だけど離脱するかい? 下手に世界の破片に当たったらひとたまりもないよ」
「ええ、そうね。ここから離脱して迂回しつつ進んでちょうだい。生存者は……いえ、やめておきましょう」
アデーレは伝声管の前で一瞬ためらったが、すぐに言い切ってレアに離脱を告げる。
世界崩壊は文字通り世界が壊れてしまうことだ。壊れた世界は世界の狭間に潰され、跡形もなくなくなってしまう。ちょうどシャボン玉が弾けて消えるように。
アデーレは伝声管を閉じると支配人室に設られている窓を見やった。暗い世界の狭間に、ぽつぽつと壊れた世界のものだったろう瓦礫が流れていく。
根ごともげた木々や建物だったろうレンガの塊、本やひしゃげたベッドといった生活感を感じさせるもの。
それらの中を通っていくのは、慣れてはいてもアデーレにとっては息苦しくなる光景だった。
「アデーレ!」
レアが切羽詰まった様子で伝声管から呼びかけてくる。
「人だ! まだ消えてない、助けるかい?!」
アデーレは息を呑む。そしてすぐに答えた。
「ええ、救助します。クロードとエーヴェルを呼んで」
すぐに呼ばれたのは二人の青年、クロードとエーヴェルだ。彼らはアデーレの指示を聞くなりすぐさま準備をする。
「はい、守護のお守り。いつもお守りだけだけど怪我しないでね」
「大丈夫だって、身軽な方がむしろ怪我しないまであるからな」
クロードに守護の魔法がかかったお守りを二つ渡され、エーヴェルは首にかける。命綱を腰にしっかり結え、エーヴェルは甲板に出ていった。
「エーヴェル、二時の方向距離十五!」
「あいよ!」
拡声器からレアの声が響き、それに従って命綱をくくりつけたエーヴェルが甲板から飛び出していく。
世界の狭間は海でも空でもない空間だ。現実で例えるならば息のできる宇宙といった感覚が近い。
その空間を泳ぎながらエーヴェルは前方に藤色の髪の少女の姿を見つけた。
「あの子か……」
エーヴェルは慎重に瓦礫を避けながらその少女に近寄ると、ぐっと片手で抱き寄せてお守りを首にかけてやる。
そのまま命綱を伝って甲板に戻ってくると、少女を抱き抱えて甲板に降りてきた。
「レア、アデーレ。救助完了だ」
出迎えたアデーレが少女の顔を見てホッとした表情を浮かべた。
「ありがとうエーヴェル、それにクロードも。客室が一つ空いてるから、そこでこの子を介抱しましょう。レア、周辺に生存者の反応がないようなら、離脱して」
「ああ、まかしときな」
そしてレアに離脱の指示を出すと、少女の介抱をするためにアデーレは客室に向かった。
シエラが目を覚ましたとき、側にはスーツを着た女性がいた。空色の髪をショートカットにした彼女は、アメジストのように透き通った瞳をしていた。
ベッドに寝かされていたシエラはゆっくりと瞬きをすると、視線だけ動かして当たりを見回す。見慣れない装飾の調度品、自分はふかふかのベッドに横たわっている。
窓は部屋に比べてずっと小さく、小さな客船の船室のように見えた。
「……ここは」
「目を覚ましたようで何よりです。お嬢さん」
目覚めたばかりでかすれたシエラの声に、落ち着いた調子で女性が答えた。
シエラは女性の方を見やってから、自分のことを思い出そうとする。
「あの時、雷が船に落ちて……私、助かったの?」
雷に船を裂かれ、海に投げ出されてしまったのは覚えている。だが、そこから先は気を失っていたのか思い出せない。
「あの、おじさ、他の人達は……? 船から大勢投げ出されて」
女性は柳眉を所在なく下げる。それだけでよくない結果だったことが窺えて、シエラは唇を噛んだ。
「私達が見つけられたのはあなただけでした。混乱しているところもあるでしょうから、何か温かいものをお持ちしますね」
女性はそう言ってベッドサイドの椅子から立ち上がると、テーブルに置かれていたベルを鳴らす。
涼やかな音が響いた後、少しもしない内にメイド服姿の赤毛の少女がドアを開けて入ってきた。
「支配人、お呼びですか」
「ユヅルハに何か温かいものを用意させて。さっきの彼女がお目覚めよ」
「あっ! よかったぁ、目が覚めたんだぁ……!」
赤毛の少女はほっとした様子でとがった耳と胸をなで下ろすと、シエラに向かってぺこりとお辞儀をした。
「私、ウィンっていいます! この船のルームサービス! 今温かいもの持ってくるからもう少し待っててくださいね!」
「よ、よろしく……」
呆気にとられたままシエラが返すと、すぐにウィンは引っ込んだ。閉めたドアの向こうから小さく駆けていく足音が聞こえる。
「ウィンったらすぐ顔に出るんだから」
女性が呆れながらもほほえましく見ている姿に、シエラはあ、と声を上げる。
「私、シエラといいます。あなたのお名前は……」
女性はくるりとシエラに向き直ると、ええと頷いてお辞儀をする。
「わたくし、オルテンシア号船長兼支配人のアデーレと申します。シエラさん、ですね。まずはお見知りおきを」




