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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
第2部 1.壊れた世界のシエラ

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1.始まりの船の上

 王都行きの船の上、シエラは遠く水平線を眺めていた。



 眩しい日差しがさんさんと照る青空は雲一つない快晴だ。海からの照り返しで船の胴体はキラキラと照らされ、光の上を走っているようにすら見える。



 潮風に靡く藤色の髪と揃いの瞳は水平線というよりはそのさらに向こうを見ているかのようにぼんやりしている。



 十八にもなって独り立ちを迎えても、シエラはまだ自分のやりたいことがわからない。育った孤児院では皆働いていくための技術や知識を学んでいったが、シエラは魔導書を読んで覚えた初歩的な魔法が使えるだけだった。



「魔導書が読み解けるくらいなんだから、王都の魔法学校に行ったらどうかしら」



 そう孤児院のシスターに勧められるままシエラは魔法学校に通うことにした。



「これといって特技がないんだし、できることをした方がきっとみんなも喜ぶよね……」



 そう自分に言い聞かせるが、内心はまだしっくりときていない。自分のやりたいこととはなんだろう。人から言われるままに従っていいのだろうか。



 しかし、その方が世話になったシスターや一緒に過ごした仲間達を心配させずに済むことも確かだ。自分が何をしたいか決まらない以上、みんながシエラを安心して見守れるような状況に身を置いた方がいいのではないか。シエラはそう思おうとした。



 それでも、わだかまりが残る。本当にそれでいいのかと自分の心が問いかけてくる。だが、代わりになる答えを自分は見つけられない。



 眩しいほどの青い空の下、シエラは落ち着かないままにため息をついた。



 地方都市から湾岸を突っ切り王都に向かう客船は、王都に向かう様々な人を乗せている。着飾った貴婦人とその使用人、出稼ぎに出てきたのだろう野良着の男性、旅行目的だろう家族連れもいた。



 そんな人達が行き交う船上で、シエラの足元に一本のペンが転がってくる。足元のペンを拾い上げるとどうやら年季の入った万年筆のようだった。



 アンバーの軸に金の金具で装飾された万年筆は、大切に扱われてきたのか使い込まれていてもそれほど傷んではいない。



「おっとと……」



 そして、それを追いかけるようにして一人の中年男性が小走りで万年筆を追いかけてきた。きっちりとスーツを着込んでいる紳士だ。



 シエラは拾った万年筆を男性にすっと手渡す。



「落とされたんですか?」


「おお、ありがとう。船からの景色を描こうと思ったら、手が滑ってしまってね。海に落ちなくてよかったよ」



 男性はシエラからペンを受け取ると大事そうに懐にしまい、本当によかったと安堵の息をついた。


 それからシエラのトランクを見て言う。



「お嬢さんも王都に?」


「はい。魔法学校に通う予定で」


「へえ、それじゃあ将来は魔法使いとして役人になったりお店を開いたりするのかな」


「えっと、それは……まだ決めてないです」



 魔法学校に通うことだって実感がわかないのに、さらにその先のことなんて考えられるはずもない。シエラは愛想笑いをして誤魔化そうとした。



 だが、男性にはそのごまかしは通じなかったようである。



「悩んでるみたいだね」



 そっと気遣われるような言葉にシエラは口をつぐんだ後、答えた。



「……わかりますか?」


「魔法学校に行くのにそんなに浮かない顔をしていたら誰だってわかるさ。自分で望んだ道じゃないんだろう?」



 まっすぐ本心を突かれてシエラは息を呑む。だが、全部が全部望んでいないわけではない。



「でも、何にもない私からしたら、魔法学校に行くことが一番周りのためにも、自分のためにもなると思って、だから行くんです」


「おじさんとしては、自分がやりたいことをやりたいようにやるのがいい、とは思うなぁ」



 名乗りもせずおじさんとだけ言った男性はシエラにそう伝える。それはシエラがずっと求めていることで、しかし具体性のない答えだった。



「でも、私は自分がやりたいことがわからなくて」


「最初はみんなそういうものさ。行く先はいつも決まっているわけじゃない。だから自分で行き先を見つけるんだ。旅って、そういうものだろう」


「旅? どういうことですか?」



 おじさんの言葉がわかり兼ねるシエラに、おじさんはシエラの隣で海を眺めながら答える。



「おじさんの人生観ってやつだよ。人生は旅みたいなものさ、生まれた地を離れて、どこか遠くて知らない場所に行く。行き先を決めている場合もあるし、決まっていないときもある」



 そして遠く空と海の青を仰ぎながら続けた。



「でも、どこかに向かうなんてみんな旅だよ。その途中の景色や出会う人を通して、自分がやりたいことやなりたいものを決めていくんだ」



 おじさんは楽しそうに語って聞かせる。だがそんな風に楽観的にはシエラは考えることができない。行き先もわからないのに彷徨うのが旅だとは到底思えなかった。



「でも、どこかもわからない場所に行くのが旅って、道に迷ってるのと同じ気もします」


「道に迷うのも旅の楽しみの一つだよ。知っているところよりも知らないところを探検するのも楽しいものだよ。人生なんて知らないものをどんどん知っていった方がおじさんとしてはワクワクできていいと思うけどね」



 だとしても、迷っていることに代わりはない。まっすぐ目的地に辿り着けなければ、きっと旅とは言えないだろうとシエラは思う。



「どこにも辿り着けなかったら、それは旅じゃなくてただ彷徨ってるだけじゃないですか」



 そんな不満を口に出せば、おじさんはそれもそうだね、と頷いて見せた。



「だからといって歩いた道が無駄になると思っちゃいけない。どこかに辿りつくのだけが旅じゃないってことだよ」



 シエラはおじさんの言うことがよくわからなくて首を傾げた。だがおじさんは楽しそうに笑うだけである。



「今はわからなくても、その内どういうことかわかる時が来るよ。せっかくなんだから、楽しみなさい」



 そう言っておじさんはシエラに会釈をしてから離れていった。

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