幕間3 旅人の帰還
空の国は天空を突き抜けるほどの高さの塔が何本も立ち、周りには独自の技術で浮遊している空中都市があるのだという。昔、そういった浮島の冒険譚を見聞きしたことがあるから、少し心が躍ってしまった。
「ご興味がおありのようですね」
見抜かれたようにアデーレに言われ、私は照れ臭くなって鼻をかいた。昔からこういったおとぎ話のような世界は大好きだった。自分の住んでいる世界にもそう言うものがあればいいのに、そう思わずにはいられなかったことを覚えている。
隠す必要もないから、そういった憧れも含めアデーレに話してしまう。アデーレは興味深そうにそれを聞き、得意げに船を指して言った。
「そういう空想のご旅行でしたら、ぜひ我がラピエス社にお任せください。当日利用でございましても、ご希望に沿った世界へご案内いたしますよ」
それは頼もしい。私のように当日でしか利用できない客としては、願ったり叶ったりの提案だ。嬉しそうにする私に合わせてアデーレも笑い、テーブルには明るい雰囲気が流れる。
そんな中私は席を立つと、アデーレに展望室に行かないか聞いてみた。久しぶりにあのカウンターでジンジャーエールが飲みたくなった。
「お客様がお望みでしたら」
アデーレはすぐに了承して席を立つ。先導されるように廊下に出て、まっすぐ展望室に向かう。そういえば、と振り返れば、廊下の最奥、船尾の方に向かって金属製の扉がある。客室とは違った雰囲気の扉を見ていると、アデーレが気づいて扉の説明をしてくれた。
「そちらは倉庫と機関室への扉となっております。一般のお客様は立ち入り禁止の区画ですよ」
あの時は客室や展望室といった客向けの場所しか見なかったから、こういったところがあるのを知るのは初めてだ。そもそもどういう場所かは考えればすぐわかるのだが、船内の内装があまりにホテルじみてつい頭からぬけてしまっていた。
「整備士も常駐しておりますので、ご安心を」
そう聞けば安心だ。窓の外は真昼のように明るく、アデーレに聞けば常明の国、という場所らしい。夜の訪れないその国は、あまりの日差しの量から植物は緑から紫に変色してしまっている。自分の住んでいる世界とは明らかに違う色味と明るさに、船の中であっても異世界の情緒というものを感じることができた。
展望室に入れば、あの日と変わらず、ユヅルハがグラスを磨いている。ユヅルハは私を見た後、控えめに会釈をしてカウンター席へ促した。
この控えめな態度も、しずしずとした所作も、初めて会った時となんら変わらない。変わったのはむしろ私の方で、物怖じしなくなったところや不思議なものを素直にすごいと思えるようになったことで、随分と異世界に慣れてしまったように感じる。
昔は在ること自体に驚いていたものだが、想像の翼を得るようになってからはなんでもそうあればいい、そうなったら面白い、と考えるようになった。それがいいことか悪いことかの区別は、まだついていない。
「いらっしゃいませ。ご注文は……ええ、ジンジャーエールですね、かしこまりました」
さっとグラスにジンジャーエールを注いでいく姿を眺めていれば、隣の席にアデーレがすっと腰掛けてくる。
「隣、失礼いたしますね」
アデーレに目を向けている間にジンジャーエールは私の前に置かれていた。
ぱちぱちと弾ける炭酸に、甘すぎず、生姜の風味の効いたジンジャーエールは、あの時飲んだ爽やかさを彷彿とさせる。
「さて、お話の続きをしましょうか」
アデーレの言葉に私も頷き、さらなる旅の話を聞くべく居住まいを直した。
だいぶ、話し込んでしまったらしい。いつの間にか展望室の窓は夕暮れ一面の空が広がり、遠くに空飛ぶ都市が浮かんでいるのが見えた。
いつの間にか、空の国へと来てしまっていたようだ。そういえば世界の狭間も越えたような気がする。
世界を越える時すらそう思ってしまうほど、話に夢中になっていたようだ。だってそうだろう、こんなにわくわくして、胸を高鳴らせる国ぐにの話を聞けたのだから。
とても楽しかった、そうアデーレに伝えれば、アデーレは会釈をしてそれを受け取った。
「そろそろお時間ですね。お忘れ物は、ございませんか?」
しかも、もう帰る時間になっていたらしい。いつでも来られるのはいいが、帰りはいつも唐突になってしまうのだけが残念だった。
私は立ち上がると、特に荷物もない身一つで深々とアデーレ達に礼をする。アデーレ達も頭を下げ、私を見送るようにそっとそばに立ってくれた。
「それでは、お客様。本日もラピエス社をご利用いただき、誠にありがとうございました」
アデーレがお辞儀をして私も礼をして返す。
意識が暗闇に落ちる前、私も感謝の言葉と共に彼女達に伝えたのだ。
「また、来ます」
そうして、目を閉じればまた、会えるように。




