幕間2 スタッフルーム
「支配人も好きだよね〜、当日利用のお客様迎えるの」
スタッフルームでウィンが呟く。隣で新聞を読んでいたエーヴェルはちらりとウィンを見やって言った。
「まあ、それがあの社長のやり方なら文句言う必要ないだろ。お前は何か不満なのか?」
「不満って訳じゃないけど、突然くるお客さんをよくもまあ捌けるな〜って。あたしはほら、慣れてるからいいんだけどさ」
「ほう、一番新参な割に言うねぇ。それよりこれ、見てみろよ」
エーヴェルが新聞の記事を指してウィンに見せてくる。ウィンがその記事を見やると、そこには「ガラスの乙女復活公演」と題された記事が載っていた。
「あ、グレイシアさん! 金継ぎの後、無事に踊れるようになったんだ」
「みたいだな。なんでも前よりしなやかに踊れるようになったとか書いてあるぞ」
「ほんと? ちょっと読ませてよ」
ほい、とエーヴェルが新聞を渡せば、ウィンは食い入るようにその記事を読み出した。何かと縁深かった二人だから、こういう形でもグレイシアが元気でやっていることを知れて良かったのだろう。そうエーヴェルは思った。
新聞を取られて手持ち無沙汰にしていると、厨房からスタッフルームにクロードがやってくる。
「ウィンが新聞読んでるなんて珍しいね。どうしたの?」
「ちょっと前のお客が載ってたもんでね」
ガラスの乙女の話をすれば、ああ、とクロードも頷いた。
「元気そうでよかったね、グレイシアさん」
「ああ。ウィンもあんな感じだからな」
「そういえば、この前ソムニウム伯爵家からお仕事の打診がきててさ」
「ソムニウム……って、あのときの」
げ、と気まずそうな顔をするエーヴェルに構わずクロードは続ける。
「アデーレにはもう伝えたんだけどね、新婚旅行が楽しかったからもう一回やりたいってことで、うちにこえがかかったみたい」
「新婚旅行って基本的に一度じゃないのか……? いや、あの二人のことだからハネムーン二回目とか普通にあるかもしれないな……」
ある意味で破天荒で熱烈なソムニウム夫妻だ。そういうことを平然とやってのけるのも想像に難くない。
「プリムローズの嬢ちゃんにはだいぶ手を焼かされたな……」
「でも結果的に君が泥棒猫にならなくて何よりだったよ」
「人をそんなふうに呼ぶな」
エーヴェルが忌々しげにクロードの額をつつき、クロードはきゅっと目をつぶる。どことなく楽しそうな顔をしているのは気のせいだろうか。
「はーっ、グレイシアさん本当によかった〜」
記事を読み終えたのかウィンが顔をあげ、エーヴェルに新聞を渡す。エーヴェルはそれを畳んで横に置くと、改めてソファにどっかりと寄りかかる。
「支配人の方はどうだ? 当日利用、しかも現実ってところからの利用者なんだろ?」
「アデーレが対応してるから、僕たちにできることはないかな。久しぶりに見る顔だって言ってたから、昔話に花でも咲かせてるんじゃない?」
クロードが呑気に言う横でウィンが不安そうに眉を下げる。
「それならいいけどさ。あの人、あたしが密航者に間違えたこと覚えてるかなぁ」
「無礼に思ってるんならもう来ないだろ、普通。それでも来るってことは気にしてないってことだと思うぞ」
「エーヴェルがフォローしてる。めずらし〜」
「お前自分がフォローされたんなら礼くらい言ってくれよ」
えー、とウィンが渋るのを不服そうにエーヴェルが睨む。そんなことなど気にせずにクロードは航行予定の航路を確認した。
「今日は常明の国から空の国に行くんだっけ」
「今いるのがフォレシアの西だから……そろそろ世界の狭間に入る頃か」
エーヴェルが現在位置をおおよそ割り出していると、その言葉通り周囲の天気が曇り出してきた。世界の狭間はいつも嵐が吹き荒れる。狭間と世界が摩擦しあってるのだとも、隣り合っている世界と境界が接触しているのだとも、学者によれば様々な説が挙げられている。だが、おおよそ世界同士の摩擦と捉えられているのが普通だった。
その世界の狭間を通り抜け、オルテンシア号は常明の国へと飛んでいく。
世界の狭間を抜けるタイミング、操舵室でレアがサングラスをかける。広い窓から見える景色は相変わらず眩しすぎる。それでもここから星を見たいと飛び立った少女がいたことを、レアは覚えている。
理由こそ後悔があったものの、その気持ちはやがて純粋な気持ちへと変わっていった。
星を共に見る約束は健在だ。いつになっても、レアは待つつもりでいる。
この明るすぎる空の下で、あの少女は懸命に生きているのだろう。共に過ごした時間をレアは懐かしくも感じた。
常明の国、光の森の上を通り過ぎ、街の遥か上空を飛び、きらめく海を渡っていく。
レアはドグにエンジンの調子を聞く。伝声管で呼び掛ければ、ぶっきらぼうな声で応答が帰ってきた。
「あんだ、調子なんていつもそう変わらねぇよ。俺が整備してやってんだからな」
「ならいいけどね。次の停泊先までちゃんと操舵していくから安心しな」




