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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
9.逃げ出した先

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9-8 エーヴェルの言い分

 とぼとぼと展望室をあとにしたウィリアムは、しかし部屋に戻る気力もなくぼんやりと廊下の窓から外を眺めていた。オルテンシア号は今空高くを飛び、下を見ようとしても雲海に阻まれてどこを飛んでいるかなんてまるでわからない。日も翳り始め、いよいよどこかに行ってしまうという予感がウィリアムは強くなる。


「ねえ、クロードたちの話、気に入らなかった?」


 ひょっこりとウィンが袖から顔を出しウィリアムに聞く。ウィリアムは渋い顔をして頷いた。


「だって、みんな理想論だよ。実際僕が怖い目に遭うのとか、そのあとどうなるのかとか、全然気にしてくれてないもん」

「そりゃあ、広義でみればあたしたちは他人だからね。その時都合がよさそうなアドバイスこそできても、責任を負うまではできないよ」

「あの顔に傷のある人は誰かに頼っていいって言ってたのに?」

 「なんていうのかな、あのバランス感覚。ユヅルハさんの言ってることは本当だし、実際手を貸してっていえば誰かしら手伝ってくれるけどさ、そればっかりだと回っていかないというか、相手の荷物も持たないといけないというか……」

「それじゃあ、やっぱり僕のことちゃんと助けてくれる人なんて誰もいないじゃないか」


 悲しげな顔で俯くウィリアムを、ウィンはなんとか励ましてあげたいと思った。だが、上手く言葉が出てこなくて月並みな言葉しか思い浮かばない。


 どうしたものかと悩んでいると、ふとウィリアムの背後から声がかけられた。


「おや、どうされましたかお客様」

「あっ、乗務員さん……」


 そこにはエーヴェルがいて、不思議そうな顔をしてウィリアムを見下ろしていた。ウィリアムはすぐに袖を持ってウィンを隠し、なんでもないふりをする。


「ちょっと、外の景色を眺めてて」

「何やら独り言を言っていたようにも見えましたが」

「ええと、少し考え事を。あ……そうだ」

「なんでしょう?」

「お話相手のサービス、って乗務員さん相手でもいいんですか?」


 それでも、やっぱり話は聞きたい。閉じこもるよりはもっと誰かになんとかしてほしいとウィリアムは思っていた。


 エーヴェルはすぐに表情を緩めて頷く。


「私でよろしければ。場所は……」

「ここで大丈夫です。ちょっとお話を聞きたいだけですから」

「お客様がそう仰るのであれば」


 そしてエーヴェルはウィリアムの横に立つ。体格としては中肉中背でも、まだ子供のウィリアムからすれば大きな大人に見える。


 おずおずと、ウィリアムはエーヴェルに事情を話していく。展望室で聞かされたクロードやユヅルハの話もだ。エーヴェルは黙って聞いていて、話が終わると少し考え込むように腕を組んだ。


「それはまた、厄介なものですね」

「せっかく他の人に話を聞いても、やっぱり僕にはできなさそうで……」

「逃げてますからね、お客様は」


 えっ、とウィリアムは声を上げる。エーヴェルは腕を組んだまま言った。


「現状を変えることからも、現状からも逃げているからこの船に乗っているんでしょう。それはさすがに逃げ過ぎなのではと思いますけどね」

「でも、僕怖い思いもしたくないし、からかわれ続けるのも嫌だよ」

「だから動くんでしょう? 動かずに誰かがなんとかしてくれる、とは虫のいい話だと思いますけどね」

「あなたも、僕に嫌な思いをしろっていうんですか」

「そうですね。嫌な思いもせずに物事を変えようとするのは傲慢だと私は思います」


 クロードたちとは違った意味でグサグサとウィリアムに言葉が刺さっていく。


「誰かに助けを求めることだって、自分で現状を変えることだって、まず自分が動かないと何も始まらないと思いますけどね。それすらせずにあーだこーだいうのは正直腹が立ちますよ」

「っ……」


 まるで全部自分を否定されているような気持ちになってウィリアムは言葉を失う。


「責任だって負うべきだ。他人のことならいざ知らず、自分の責任すら放棄してなんとかしてほしいという人間を助けたい人間なんてそういませんよ」


 あまりに鋭い言葉に、ウィリアムは目の奥がじんわりと熱くなってきた。それができないから困っているのに、それができるほど強くないから苦しんでいるのに。やっぱり誰も自分のことをわかってくれない。


「僕だって、好きでこんな気持ちになってるんじゃない……!」


 毎日からかわれて嫌になってるのを知らないから、恥ずかしい気持ちでいたたまれなくなることがないから、だからみんな他人事みたいに好き勝手言えるんだ。そう思えてならなかった。


「ほんとは嫌だって言いたいよ。やめてって言いたいよ……! でも怖いんだ、そうしたらもっとからかわれそうで、もっとひどいことされそうでっ……」

「まだ受けてもない痛みでやりたくないのか。それよりだったら一度くらい本気で痛い思いをしてみるといいと思いますよ」

「……むぐ。むぐぐ」

「えっ?」


 急に袖の中がもぞもぞと動き出し、ウィリアムが声を上げる。するとそこからぴょんとウィンが飛び出してきてエーヴェルとウィリアムの前に立ち塞がった。


「ちょっと! 加減ってものを知らないの! このスカポンタン!」

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