9-7 遠いお悩み相談
カーペットの敷かれた廊下をウィンの指示のままに進む。客室から離れて少し歩いたところで、厨房らしき金属の扉が目に入った。
「ここが厨房?」
「そうそう。とりあえずノックしてメガネの人が出てきたら正解だから」
小声でウィンに言われるまま、ウィリアムは厨房のドアをノックする。少しして両開きのドアを開けてクロードが顔を出した。
「あれ? 君、お客様だよね」
「えっと、はい。ウィンさんに頼まれて、お皿返しにきたんですけど……」
「ウィンが? ごめんね、お客様にこんなことさせちゃって」
「あ、いえ、大丈夫です。それより」
マドレーヌの皿を返したウィリアムは、少し口をもごもごとさせながら言った。
「ちょっと、お話……そう、お話相手に乗務員の人を指名できるって聞いて」
「ああ、それね。僕でよければ、ちょっとはお話できると思うけど」
クロードは人の良さそうな笑みを浮かべて展望室までウィリアムを連れていく。展望室ではいつものようにユヅルハがカウンターに立っていた。
「すぐに座れる場所、ここしかなくて……ごめんね」
「い、いえ。お気遣いなく」
「おや、これは珍しい。お話相手に選ばれましたか」
「そんなところだよ、ユヅルハさん」
ウィリアムに席を勧めた後、その隣に腰かけたクロードはその顔を覗き込むようにしながら聞いていた。
「それで、どんなことをお話すればいいのかな」
「その。ちょっと長い話になるんですけど……」
そして、ウィリアムはウィンにも話した同級生のからかいについて話した。
話を聞いたクロードは腕組みをしながらうんうんと頷き、気遣わしげにウィリアムを見やる。
「うーん。嫌な思いをしたんだね」
「はい……それで、今度呪文詠唱の発表会があるんです。でも絶対からかわれるから、やりたくなくて、だったらもう逃げ出しちゃえって、ここに」
「ふむふむ。からかわれるのは確かに嫌だけど、発表会から逃げるのは本当にいいのかなぁとは思うよ」
絶対からかわれて馬鹿にされるからやりたくないのにそれから逃げることにクロードは否定的だ。
「でも、からかわれるしみんなの前で恥をかくのも嫌だし」
「発表することとからかわれることは別じゃないかな。からかわれることについては、君から何か言ったかな?」
「恥ずかしいのと、腹が立つのとで、頭が真っ白になっちゃうんです。だから、何も言ってない……」
「じゃあまずは、はっきり嫌だって言ってみたらどうかな。緊張するし、怖いかもしれないけど、何もしないよりはマシだよ」
「もし、もっとからかうのがひどくなったら?」
クロードはそう言うが、ウィリアムには悪い想像しかできない。もっとからかいがひどくなって、もっと状況が悪化したら。そうなるくらいなら、耐え忍んで飽きてくれるのを待つしかない気もした。
「その時は……僕だったらもっと強く言うかな。周りも巻き込んでさ」
「僕にはそんな勇気ないです……先生とか、周りの人に頼ることだって申し訳ないし」
「それは、少々考え違いやもしれませんね」
クロードとの話にユヅルハがぬっと割り込んできた。どういうことだろう、とウィリアムが顔を向けると、「失礼」と言ってユヅルハはウィリアムに会釈をする。
「人は誰しも他者に迷惑をかけて生きているものです。ですので、多少なり負担が増えたところで大人であれば慣れているもの、手を貸すなり力になるなり勝手に動いていくものですよ」
「迷惑かけちゃってもいいんですか?」
「でなければ一緒にいる意味がありませんから。共に過ごしているのです、寄り掛かり合うのが人というものですよ」
こういうことは一人でちゃんと解決しないといけないとウィリアムは思っていただけに、ユヅルハの言葉は目から鱗が落ちるようなものだった。
隣のクロードも同意見のようで、うんうんと頷いている。
「だから、何もしない前にとりあえず何かしてみたらいいんじゃないかな。せっかくだからみんな巻き込んじゃって僕はいいと思うけど」
それでも、動くのは怖い。言い返して本当にいじめられたらと思うと、怖くて仕方がないのだ。そんな臆病をすぐに直すなんてできっこないし、ウィリアムもクロードやユヅルハの言うことが遠い絵空事のように思えてしまう。
「……僕、部屋に戻ります」
やっぱり、勇気が出ない。親身にいいことを言ってくれていても、なんだか遠くに感じられるのはどうしてだろう。
二人の顔も見ずに席を立つと、俯いたままウィリアムは展望室を出ていった。




