9-6 どうでもよくて、理不尽なこと
「ずるいよ、そういうの」
「何が?」
お腹をふくらませたウィンに、ウィリアムが口を尖らせる。
「友達に拒否されるのとか、経験したことないんでしょ。だからそんなことが言えるんだ」
半ば責めるようなウィリアムの物言いに、ウィンがむ、とマドレーヌから顔をあげる。
「あるよ、たくさん。友達だと思ったらそうじゃなかった子なんて、いっぱい」
「えっ」
ウィリアムが驚きの声をあげれば、ウィンはなんてことのないように続ける。
「妖精国にいた時、みんなあたしを爪弾きにしてたよ。どこ行っても近寄るな、あっちいけって」
「いじめられてたの? どうして?」
「理由なんてないよ。ただそうしてると面白いからってだけ。たまたまそうやって爪弾きにされたのがあたしで、爪弾きにする連中に入らなかっただけ」
そんな単純な理由で誰かを蔑ろにするなんて、ウィリアムには考えられなかった。きっちりとした理由があって、原因があって、理由があって、だからいじめられたりからかわれたりするのだとウィリアムは思っていた。
でも、そうではなかったのだ。
「だからさ、逃げてきたの。お母さんも頼りにならなかったし。むしろやり返せないお前が悪い! って責めてくるしでさ、嫌になっちゃった」
とても軽い調子で言ってのけるウィンに、ウィリアムはすっと遠い距離を感じた。ちょっと嫌なところがあるやつだと思っていたら、自分と同じような境遇で、でもウィンは全部捨てて逃げてきている。自分の環境はおろか、自分の家族だって捨てて。
ウィリアムには、それができるかどうかわからない。
「なんか、すごいな」
「そうかな、逃げたほうがいい時に逃げただけだよ」
「普通だったら、立ち向かえって言われるのに?」
「まあ、そのあたりはいいことなんて何にも言えないんだけど。あたしはあのままあそこにいたらダメになるって思ったから逃げてきたの。支配人に拾ってもらうまではいろいろあったけど、でも結果としていい勤め先を見つけたんだから、チャラよね、チャラ」
「僕も、逃げたらそうなるのかな」
不安げに言うウィリアムに、ウィンは首を傾げる。
「さあ、どうだろ。事情が違うからなんとも言えないけど、あんたは逃げたいんでしょ」
うん、と頷けばウィンはじゃあ、と人差し指を立てて言った。
「立ち向かうのが馬鹿馬鹿しかったら、逃げちゃえば?」
「そう簡単に逃げられないから、こんなふうに船に乗ってるんじゃないか」
逃げると言っても、ウィンのように全て捨てて逃げてもどう生きるかなんてまだウィリアムには想像もつかない。学校の中でだって上手く立ち回れないのに。
「ん〜、だったらこの船の乗務員にいろいろ聞いてみたらどうかな。結構変な人しかいないからさ、面白い話ならいっぱい聞けるよ」
ウィンは少し考えたあとそんなことを言った。
「せっかくだし、いろんな人の話聞いてみるってのもいいかもしれないし、あたし以外の人の話も聞いてみたら、きっともうちょっといろいろわかることあるかも」
ついでにマドレーヌのお皿を返してきてほしい、そんなお願いまでちゃっかりされてウィリアムは途方に暮れてしまう。
「でも、いきなりお皿持って乗務員の人に会いに行ったらおかしくないかな? それにそういうところって大体関係者以外立ち入り禁止でしょ」
「そこら辺は大丈夫よ、普通の廊下で渡せばいいんだから。厨房は普通に入れるところにあるし」
いきなり客がスタッフルームに入ってきたらそれはそれで問題だ。どうするのか聞けば、普通に厨房に返しにきた、と言えばいいとウィンに教えられる。
「でも大丈夫かなぁ。君のこと聞かれたら、どう答えればいい?」
「そこはそうね、ちょっと休憩してるとかでいいんじゃゃないかしら」
「それで信じてくれるかなぁ……それに厨房の位置だってわかんないし」
「大丈夫よ。ほら、あたしもついていくからさ、ローブだったら、袖とかに隠れられるでしょ」
「えっ、袖に入るの?」
「だってそうしないと道に迷っちゃうじゃない。道案内してあげるから、行こ?」
ウィリアムは迷いに迷ったが、誰かの話を聞くことで自分のことが解決するなら、と結局行くことに決めた。
そうと決まれば、とウィンはひらりとウィリアムの制服のローブに潜り込んだ。袖という大分変わったところに潜り込んではいるが、厚みのある布地だからそこまで目立たない。
正体を見られたくないのにわざわざ外に出るのも不思議なものだ。だが、今ウィンは数少ない味方の一人である。どういう事情であれ、ついていくのなら連れて行ったほうがいいだろう。
「それじゃあ、お皿返しに行くけど……君、ほんとに大丈夫?」
「大丈夫よ! 見つからないように隠れてれば、なんとか……たぶん、きっと!」
そこまでぼかされると逆に不安になってくるウィリアムだ。だが、行くと決めたのだ。
ウィンを袖に忍ばせたまま、マドレーヌの皿を持ってウィリアムは歩き出した。




