9-4 笑う奴ら
かくして、ウィンはマドレーヌと共にウィリアムの元へと訪れた。ノックを二回。返事はない。
「お客様」
一応、仲直りするのだから呼び方くらいは意識する。しかしウィリアムから返事はないばかりだ。
「もう、こうなったら……失礼いたします」
断りを入れて、ウィンはドアを開ける。
ウィリアムはベッドの中で丸まっていた。具合でも悪いのだろうか。
「お客様。具合いかがなさいました?」
「……ほっといて。別にいいでしょ、なんの用なの?」
投げやりな態度は相変わらず、ウィリアムは自分に触れてくるもの全てを拒むようにベッドの中で丸まっている。
「ふーん。せっかくシェフ特製のマドレーヌ持ってきたのになぁ」
皿をテーブルに置き、ウィンは席についた。ウィリアムはウィンを顧みることもせずに丸まり続けている。ウィンはしばらく黙ったあと、静かに言った。
「さっきはカッとなって悪かったわよ。そこは謝る、ごめんなさい。あたしもちょっと気に食わないってのできつくなりすぎちゃって……ねえ、よかったらあんたのこと、もうちょっと聞いてもいいかな」
ウィリアムはベッドから顔だけ出してウィンを見やる。その表情は、心なしか不安げだ。
「僕から話せることって、そんなの全然ないよ」
「あると思うけどなぁ。ここじゃないどこかってどういう意味か、とか。なんでラピエス社知ってるのか、とか。あとは……その魔法学校の制服のこととか」
最後の言葉にだけぴくりと反応したウィリアムは、視線を下げたあともう一度ウィンに目を向ける。
「全部は話せないけどさ、聞いてくれるの?」
「そりゃあね。話してみないと何事もわからないでしょ」
ウィンはあっさりと言うが、それがウィリアムの心を動かしたらしい。ウィリアムが起き上がってベッドに腰掛けた。
「……僕さ、逃げたいんだ」
「逃げたいんだ。何から逃げたいの?」
「僕を笑うやつらから、かな」
それだけで、なんとなくウィンは事情を察する。だが、憶測だから確実なものではない。もう少しウィリアムの話を聞こうと話を促す。
「少し前から僕のことからかうやつらが出てきてさ。授業中に呪文の詠唱をちょっとしくじっただけなのに、ずっとそれを真似してからかってくるんだ」
ちょっとイントネーションが変になっただけなのに、その連中はひどく面白く感じてしまったらしい。毎回会う度にしくじった呪文の詠唱を言っては笑って、それが本人にまで飛び火してしまったらしい。
とてもありきたりで、でもとても理不尽な理由だ。ちょっとした失敗をいつまでも忘れずにからかいの種にしているのだから。
「そうしたら、だんだんやってることがエスカレートしてきてさ。そいつら、僕を名前で呼ばなくなったり、僕の話を全部茶化して真面目に聞いてくれなくなったりして……」
真面目に接しているのに茶化されるとイライラするのはウィンにもよくわかる。エーヴェルにもそう言うところはある。だが際限なく茶化してくるわけではない。だが、ウィリアムの場合はその際限なさが際立つのだろう。
「僕が無視したら、逆に被害者ぶってさ。逆に僕が怒られて……嫌になるよ」
「そりゃああたしだって嫌だわ。よく魔法でぶっ飛ばさなかったわね」
「わかってくれるの?」
「聞いてたらなんかムカムカしてくるくらいには気に食わないやつらね。あたしだったらおまじないで三日三晩悪夢を見せるところだったわ」
「おまじないって、エルフの?」
「え? あ、えっと……まあ、そんなところ」
ウィリアムは尖った耳からウィンをエルフと思っているらしかったが、ウィンの言葉はなぜか歯切れが悪い。
ともかく、とウィンは席に座り直すと、ぐっと拳を握りしめて言った。
「あんたが辛い目に遭ってるのはわかった。じゃあ、あいつらをどう懲らしめるかよね!」
「え、えっ」
すると逆にウィリアムの方がうろたえる。まさか本気でやり返すなんて考えていなかったのだろう。だが、ウィンは本気である。
「おまじないかけたげる。ちょっとくらいスカッとしたいでしょ、あんたも」
「そ、そりゃちょっとは仕返ししたいと思ってたけどさ……でも、本当にできるの?」
驚きながらも少し期待を滲ませた声で言うウィリアムに、ウィンは大きく頷いた。
「そりゃもちろん。妖精直伝のイタズラでとことん苦しめてやるんだから!」
大きく、はっきりと、自信満々にウィンは宣言する。それを聞いて頼もしくなったあと、ウィリアムはあることに気がついて首を傾げた。
「妖精?」
一言その言葉を発した途端、ウィンはハッとしてウィリアムを見やる。
「わ、わ、わ……ひゃあ〜!」
そして悲鳴をあげたかと思うと、一気にウィンの体が縮まってしまった。
「え、これ、どういうこと?」
あっという間に手のひらに乗れる程度の大きさにまで小さくなったウィンは、背中からポンと妖精の羽を飛び出させる。
「あわ、あわわわわっ」
ウィリアムはこの現象を知っている。教科書に書いてあった。
「ねえ、もしかして君って、妖精なの?」




