9-3 マドレーヌ
「もーっ! あいつなんなのよ! ムカつくー!」
スタッフルームに戻ったウィンは大荒れだった。エーヴェルと、エーヴェルに言われ様子を見にきたクロードの前で荒れに荒れる。地団駄を踏み拳を振り上げて怒ってはまあまあとクロードに嗜められている。
「小さな嵐だな、こりゃ」
「面白がってないで少しはなだめてよ。僕ばっかりじゃない、こういうのしてるの」
エーヴェルがのほほんとする横でウィンをなだめるクロードがぺし、とエーヴェルをはたく。
「もー! ムキャー!」
「エルフじゃない鳴き声が上がってるぞ」
だというのにエーヴェルはウィンをからかうからもっとウィンはヒートアップしてしまう。
「なによー! この女たらし! 連敗中!」
「あのな……」
あらぬところに飛び火して痛手を負うエーヴェルだったが、これは彼の自業自得なのでクロードは見て見ぬふりをした。
「ウィン、怒りたくなる気持ちはわかったからちょっと落ち着こ。深呼吸して、ほら」
クロードになだめられるまま少しずつ深呼吸を繰り返し、ウィンは苛立ちを収めていく。
「すー……はー……ったく、あんなのお客じゃないわ、クソガキよ!」
「こら、アデーレが船に乗せるって決めた以上お客様なんだからそんなこと言わないの」
クロードにたしなめられ、ウィンは渋い顔をして言い換える。
「だったらムカつく客! ろくに話もしないで放っておいてって振る舞ってさ、ちゃんと言いたいことがあるなら話せっての!」
「そうだね、言いたいことあるなら話してもらった方が何を伝えたいかわかるもんね。でも、まずは落ち着いて話しやすい状況を作るのが大事だよ」
まだ気が立っているウィンにクロードが落ち着かせるように言葉を言い聞かせていく。
「あのお客様だって、いろいろ事情があるんだよ。それをちゃんと見ずに言え言えって言うのはちょっと酷だと僕は思うんだよね」
「確かに、自分のことを何でも話せる人間ばっかりじゃないしな」
「そうそう。エーヴェルにもわかるんだから、ウィンがわからないわけないよね?」
「うう〜、そうだけどぉ……」
ちゃっかりダシにされたエーヴェルは苦笑いを浮かべているが、それはそれである。
「だったら、ちゃんと話をすることって大事なんじゃないかな。誰かをわかるにはお話するのが一番でしょ?」
「でもついカッとなっちゃうんだよね……」
ウィンがしょんぼりとしてしまうところにクロードは一つ思いついたようだ。
「じゃあ、さっきのことも謝りにいけばいいんじゃないかな。二人で食べるマドレーヌでもあれば、もっといいと思うんだけど」
「え、それって」
ウィンが目を瞬かせる中、クロードはにこにこと笑いながら言った。
「出発前に焼いてたものがあるんだ。せっかくどこでもないところに行くんだし、二人でおやつがわりに食べておいでよ」
そんなクロードの気遣いにウィンは少し居心地が悪そうにする。
「でも、いいのかな。結構きついこと言っちゃったのに。それにクロードにも悪いよ」
「僕のことならいいから。お客様にも食べてほしいし、マドレーヌ。ねえウィン、僕の代わりにお客様にマドレーヌ、届けてもらえる?」
こういう時にクロードは自分の扱い方が上手い。ウィンが行きあぐねている時にそっと後押しをしてくれる。自分の都合を建前にしていいと出るあたり、だいぶ本人の人柄の良さが窺える。
ウィンは少し迷っていたが、クロードの頼みもあることだしと自分に言い聞かせる。
「わかった、届けてくるついでにちょっとあの子に謝ってくる」
「そうそう、その意気」
「うん、じゃああたし行ってくる! ちゃんと話せばどういうことかわかってくる、っていうもんね」
よし、とクロードは頷いてウィンにマドレーヌを持たせるべくスタッフルームを出ていく。とその後にエーヴェルがこっそりとついてきた。
「で、君はなんなのかな?」
「なんなの、ってそりゃあお前の作ったマドレーヌがちゃんとお客に出せるか味見しないとと思ってな……」
「じゃあ後片付けを手伝ってもらうね。ボウルとか急いでてそのままだったから」
「で、マドレーヌは?」
エーヴェルの言葉に返事をせず、にこにことするばかりのクロードにエーヴェルは少し怖くなったようだ。
「いや、片付けさせてもらいます、マドレーヌはみなさんでおいしく食べてもらって。俺の分はいいです、はい」
クロードはにこにこしたままエーヴェルを厨房に引っ張り込むと、自分だけマドレーヌを盛り付けた皿を持って出てきた。相変わらずにこにこしているから、さすがに誰が見ても空恐ろしい。
こんなににこにこしているのに。
「ウィン、持ってきたよ。あとは頑張ってね」
マドレーヌを乗せた皿を渡され、ウィンはあらためてガッツポーズをとって気合を入れた。
「よし! じゃあ行ってくる! マドレーヌは絶対おいしいから大丈夫だと思う!お茶の用意もして持ってくね!」
そうして、ウィンは仲直りのためにマドレーヌを持っていくこととなったのだ。




