9-2 お客様とは認めない
かくしてどこでもない場所への航行が決まったのだが。ウィンを除き、どの乗員も不満などなく自分の仕事の準備をしている。
「う〜……」
スタッフルームで支度をしながらウィンが唸っていれば、同じく支度を済ませたエーヴェルが上からウィンを覗き込んできた。
「どうしたちんちくりん。納得いかない、って顔だぞ」
「ちんちくりんじゃないって言ってるでしょ。エーヴェルはおかしいと思わないの、子供を船に乗せるなんて」
ストレートに不満を言えば、エーヴェルは軽い調子で笑った。
「そりゃ、どこでもない場所行きでもない限りは乗せないだろうな」
「エーヴェルも支配人と同じこと言ってる〜」
「そりゃあな。って、第一どういうことかお前わかってるのか?」
「どういう、って、そりゃ支配人の言うことだからあたしにはわけわかんないよ」
それを聞いてエーヴェルはおやと目を瞬かせる。
「何よその目。まるでなんにも知らないみたいな顔して」
「いや、これはこれでちょっと面白……いや愉快だなと思っただけで」
エーヴェルにからかわれているようにも思えて、ウィンはむすっとしてしまう。
「何よそれ。あたしだってちゃんと考えて行動してるんですからね!」
「怖い怖い。そんな怒ることないだろ? ま、考えてるならこれ以上は何も言わんさ」
そう言ってエーヴェルはひらひらと手を振ってスタッフルームを出ていく。残されたウィンは未だ不機嫌になりつつも他の皆が当たり前のように仕事をしていることに考えを巡らす。
「支配人の言うことだしみんなそれぞれ納得はしてると思うけど、でもやっぱり何かおかしい気もするなぁ」
この船ではウィンが一番の新人であるが、仲間たちはみんなそんなことなど関係なく接してくれた。それが嬉しかったし、だから頑張ろうともウィンは思っている。けれど、アデーレが最初に言った「子供だけでは乗せない」という決まり事についてはまだなぜなのか教えてもらっていなかった。そうでなくても子供を乗せることはあったし、それは毎回ちゃんと契約を取っているのをウィンも見ているから納得もできた。
しかし、今回は違う。契約もないし、新たに契約もしていない。だというのにアデーレは船に乗せるという。いつもそういったところは守っているアデーレが違うことをして、ウィンはひどい違和感を感じる。
どうしてかみんなに聞いてまわりたいのは山々だが、もうすぐ出航である。ウィンはむすっとしたままスタッフルームのソファに腰掛け、うんうんと唸っていた。
出航はしたものの、いつもならルームサービスの案内をしにいかなければいけないのだがウィンは行く気になれない。あの少年が本当にお客だとは思えないのだ。しかし業務を放棄するわけにはいかない。怒られる前にさっさと済ませてしまおう。
そう思ってウィンは早足で客室に向かう。
「失礼します」
ノックと共に部屋に入れば、ウィリアムが椅子の上でうずくまっているのが見えた。
「お客様?」
「……あっ、あんたさっきの」
「ルームサービスのウィンです。お客様に船内のサービスについてご説明に来ました」
心なしかつっけんどんに言いつつも、必要なことはちゃんと説明していく。
「以上です、何かありましたら呼び鈴を鳴らしてください」
「……わかった」
そっけない返事にウィンもさすがにイライラしてきた。
「あのね、あんたのことあたしはお客って認めてないから。図々しく支配人に言い寄って、無理やり船に乗って。あたしそういうの気に入らない」
「図々しくなんて……でも、どこにでも行ける船があるのはラピエス社だけって聞いたから」
「そりゃそうだけどさ。だからって決められたこと破ってまで行きたい場所ってどこなのよ」
ウィンの言葉にウィリアムが押し黙る。答えられないことなのだろうか、それとも。
「どこでもない場所行き、って支配人は言ってたけど。どこでもない場所に行きたいの?」
「……」
ウィリアムは黙ったままでいる。なかなか答えないウィリアムに、ウィンの苛立ちも高まっていく。
「はっきり言いなさいよ。どこかに行きたいなんて、誰が思ってたって普通のことじゃない」
「それってさ」
やっとウィリアムが口を開いた。
「ここじゃないどこかだったらどこでもいい、っていうのも入る?」
「それは……わかんないけど。でも船に乗るならはっきりどこかに行きたいって思うものじゃないの?」
「そう思えるやつばっかじゃないよ」
ウィリアムは椅子の上でうずくまったまま言った。
「とにかく、もういっていいよ。何かあったらそこのベル鳴らせばいいんだろ」
投げやりな言葉にウィンは腹を立てたが、ウィリアムがもう放っておいてほしいとばかりに顔まで埋めて丸くなってしまう。そこまでされると自分を拒否されているようにも思えてウィンは苦い感覚に顔を顰めた。
このまま黙ってここにいても仕方ないだろう、そう思ってウィンはウィリアムに背を向けると部屋を出ていく。
出ていく時に静かにドアを閉めるくらいには、まだウィンは理性を保てていた。




