9-1 小さなお客様
そろそろ昼に差し掛かる頃、ラピエス社の受付でウィンはぼんやりしていた。繁忙期を過ぎれば閑散期になるのは当たり前だが、それはそうと依頼が来ないのもある意味平和でいいものだ。
「たまにはのんびりお昼寝できそう〜」
休憩時間に昼寝の余裕ができるのもなかなか魅力的。そうウィンが思っていた矢先に、ラピエス社のドアが開けられる。
「あ、いらっしゃいませ」
ハッとしてウィンが挨拶すると、ドアを開けた主、十五、六歳ほどの少年は思い詰めた様子でウィンのいる受付まで歩いてくる。
「あの……ここ、旅行社なんですよね」
「はい、左様ですが」
「お金、これだけあるので、行けるところまで連れてってもらえませんか?」
ああ、とウィンはため息をつく。アデーレの意向により、ラピエス社はいろいろな客をとっているのは周知の事実だ。だからといって、特別な事情がない限り子供を乗せることはしない。乗せるなら事前に手続きが必要なのだ。前もそうして一人少女を乗せた経験をウィンは思い出しながら、少年を追い払うようにしっしと手を振った。
「残念だけど、子供だけのプランはありません。せめて十八歳越えるか保護者同伴で来てくださ〜い」
「な、なんだよ。あんただって子供だろ」
「誰が子供よ。あたしはこう見えてちゃんと大人です〜、エルフなんだから見た目に歳は左右されませーん」
少年が言い返すからついウィンも売り言葉に買い言葉で答えてしまった。慣れてはきたが、やはり人前でエルフと名乗るのは少し緊張する。そんなの誰もわかるわけないのに、後ろめたくなってしまう。
だが少年はそんなことを気にも留めずにウィンに食い下がってきた。
「なあ、いいだろ。困ってるんだ、ちょっと遠くに連れてってもらうだけでいいんだって」
「だから子供だけじゃうちの船は出せなんだってば。社長からのお達しなの」
「じゃあ、社長さんに会わせてよ。社長さんと直談判して乗せてもらうかどうか決めるから」
そういって食い下がる少年は魔法学校の制服だろうローブの裾をぎゅっと握り締めて言った。
「って、それより学校はどうしたのよ。それ魔法学校の制服でしょ」
ウィンが服装のことを指摘すると、少年は気まずそうに目を逸らす。
「格好は関係ないだろ」
指摘されたくなかったのか気まずいまま立ち尽くす少年に、ウィンもさすがに触れてはいけない部分に触れたかと一瞬気持ちがざわつく。だが、ウィンは今受付を任されているのだ。ちゃんと対応しなければならない責務がある。
このまま少年を追い払ってもいいのだが、少年の事情も聞かずに追い返して後でアデーレに何か言われるのはウィンである。子供を門前払いするのも必要とは思うが、かといって何も聞かずに放り出すのもどことなくかわいそうな気もする。
考えた末、ウィンはふうと息をついて社長室につながるベルを鳴らした。
「社長〜、小さいお客様です〜」
社長を呼んだウィンは、少年を見やり言いつける。
「いい、社長に断られたらどんな理由だろうと船に乗るなんてできないんだからね」
「ってことは、社長さんと話ができるの?」
「まあね。でもうちの社長かなり変わり者だから、変なこと言って怒らせたら真っ直ぐ魔法学校まで送ってやりますからね」
そう脅してウィンはアデーレの応答を待つ。程なくして社長室からいつものスーツ姿のアデーレが颯爽とでてきた。
「社長、お疲れ様です」
「お疲れ様、ウィン。昼近いのにありがとうね。それで、お客様っていうとこの可愛らしい坊やかしら」
「ぼ、坊やって呼ばないでください。ちゃんとウィリアムって名前がついてます」
「ではウィリアム様。今回はどんなご用件で訪問されたのです?」
「それは……」
言葉に詰まるウィリアムに、アデーレは柔らかな物腰のまま続ける。
「我が社の方針といたしまして事前に契約のないお子様を搭乗させることはできないのですが、契約は済まされましたか?」
「……ええと」
飛び込みできたのだ、そんなことなんて何も決めていないし、なんの契約だってしていない。これは追い返されるな、とウィンも思った。
「でも、今すぐここから離れたいんだ。場所はどこでもよくて、お金、出せる範囲で出すから」
ウィリアムの訴えにアデーレがふむ、と頷く。
「どこでも良いなら、どこでもない場所までの運航なら可能ですね」
「ちょっと社長?!」
突然旗色を変えるアデーレにウィンは慌てる。先程まで追い返すだろうと思っていたらたった一言で船に乗せようとするのだから困ったものだ。
「いいんですか、子供は乗せない、って言ってたじゃないですか」
「そうよ。だけどそれは行き先が決まっている時の話で、そうじゃないならまた話が違ってこないと思わない?」
「んなめちゃくちゃな……」
がっくり肩を落とすウィンをよそに、アデーレはウィリアムに向き直った。
「改めましてウィリアム様。どこでもない場所までの便、ご利用でよろしいでしょうか」




