8-10 羽を伸ばしに
「それは、いろんな意味で遠い国になるわね」
シェリーもユヅルハの苦い表情につられて苦笑する。
丘の国上空からオルテンシア号はどんどん上昇していき、やがて雲の中に突っ込む。嵐が吹き荒れる中、アデーレの声が世界の狭間を通過する、とアナウンスしてくる。
シェリーはユヅルハと展望室に籠ったまま、暴風雨のような世界の狭間を通り過ぎるのを待っていた。
「世界の狭間ってこんな風に天気が悪いのね」
「世界が摩擦を起こしている状態ですから。世界の狭間は何もない場所なので、標がなければ世界の引力に引かれて落ちてしまうのです」
「異世界間航行には全然詳しくないけど、世界の引力に引かれるのはなんだかロマンチックだわ。自分が惹かれる世界に落ちるのかしら」
「そこはなんとも。ですが、思いの強さに関係する、とは聞いたことがあります。もしかすれば、自分が落ちたい世界に落ちるようになっているのやもしれませんね」
シェリーの疑問にユヅルハが答えていく。世界の狭間の中、世界と世界の間はもちろん無である。ユヅルハは龍だから単身でも世界を渡れたが、普通の人間であれば無の力と世界の引力に引かれてバラバラになってしまうだろう。だからオルテンシア号はそれを避けるためにバリアを張り、存在を守っているのだ。
「何かしら、急に音がなくなって」
「無の領域に入ったのでしょう。この船はバリアを張っているから大丈夫ですが」
「星……? キラキラしてるのは星かしら?」
「いいえ、あれらは全て異世界です」
シェリーが見上げた無には暗い中でぽつぽつと色とりどりの光がきらめき、星のように瞬いていた。だがそれらは星ではなく、全て異世界である。
異世界はそれこそ星の数ほどあり、見つけられた異世界よりまだ見ぬ世界の方がずっとずっと数が多い。これだけ広い無の空間に、たくさんの世界が瞬いている。
シェリーはその瞬く世界を見つめながら、息をつく。
「行ったことのない場所が、こんなにたくさん……」
「まだ見たことのない世界もたくさんあるでしょう。全てを見ることは叶いませんが、それだけ選択肢も多いというもの」
「素敵ね……」
感嘆の声を上げるシェリーを乗せ、オルテンシア号は海原が広がる国へと向かう。
「もうすぐ海原の国ですね」
「国と世界って、何か呼び名に違いはあるのかしら。ほら、海原の国なのに帝国があるって不思議じゃない?」
青く美しい光に向かいオルテンシア号が進む中でシェリーがぽつりと疑問を漏らした。
「ええ、それでしたら。こちらの呼び方次第といったものが正直なところなのですが、世界も国も同じくくりなのです。ただ、フォレシアと交流がある世界を国と呼び、世界と呼ぶ場所はまだその区分がはっきりしていない場所を指すのです。ここも八州と交流を結ぶまでは海原のせ世界だったのですよ」
「へえ、そんな理由があるのね。勉強になったわ」
「お役に立てたのなら何よりです」
そういう中で、オルテンシア号が世界の狭間を渡る。激しい風雨の後、一面の海原がオルテンシア号をで迎えた。
きらきらときらめき、海と空の色だって曖昧になるほどの青一色。そんな青はシェリーは生まれて初めてだった。その先に、たくさんの島々が弓がしなるように連なっている。あれが八州帝国だ。
シェリーは思わず席を立ち展望室の窓に駆け寄った。一面の青を目に焼き付けんばかりに目を見張り、遠くに浮かぶ八州の島々を眺める。
「すごい……!」
「こう見てみますと、故郷の姿も懐かしいですね……」
シェリーが景色を眺める中、ユヅルハはどこか望郷の念を抱いていた。
オルテンシア号はどんどん降下していき、八州帝国の帝都、その外国船用の港に向かう。着水し、海原を進み、煉瓦造りの港にたどり着いた。
到着のアナウンスが聞こえ、ユヅルハはシェリーに深々と礼をする。
「本日はご乗船いただき誠にありがとうございました。お気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがとう。あなたのおかげでいい旅になりそうだわ」
シェリーもにこりと笑ってユヅルハに会釈をする。
「それはなによりです」
「来てみると、あの人と来れたらな、なんて思っちゃったけど、いいわ。私一人でゆっくり羽を伸ばしてくるつもり」
シェリーの表情が心なしか明るくなっているのをみ見て、ユヅルハも穏やかに微笑んだ。
「ええ。ゆっくり過ごして、たくさんの経験をなさるとよいでしょう。よい旅を」
「思いっきり自由に過ごして、すっきりしてくるわ!」
笑顔でシェリーは船を降りていく。
これからの彼女の道行が明るく照らされるよう、ユヅルハはそっと祈った。




