8-9 八洲へ
すると、ふわりとシェリーの手元にあった旅券が光りだす。驚いてシェリーが旅券をカウンターに取り落とすと、旅券は光ったままカリカリと文字が書かれるように行き先を浮かび上がらせた。
「八州帝国帝都……?」
書かれた行き先を見て、シェリーは目を瞬かせる。強く生きたいと願ったわけでもないし、思い入れがある場所でもない。むしろ話に聞くだけ聞いただけの場所だ。
「おや、珍しい。八州に向かうとは」
カウンターに落とされた旅券を拾い、ユヅルハはそんなことを言いながらシェリーに旅券を返した。
「珍しいことなの、八州帝国にいくことって」
シェリーが聞くと、ええ、とユヅルハは頷いてシェリーに説明する。
「そもそもあの国は孤立している分他者の受け入れに寛容ではないところがあるのです。ですが、そんなところでも人々は我々と変わらず……それをあなたは見たいと思ったのではないでしょうか」
「確かに興味は少し持ったけれど、でもそんなちょっとした興味で行ってしまっていいのかしら」
「そんな僅かで些細な一歩が、やがて千里をゆく道となるものです。あなたが歩きたいと願ったから、そこにふさわしい道を照らしたのでは、と私は思いますが」
「そう言われたら、なんだか行ってみたくなるわ。今回の旅行は八州でのんびりしようかしら」
ふふ、とシェリーが笑ってみせる。ユヅルハもそれに応えるように、ゆったりと頷いてみせた。
一方その頃、スタッフルームでは。
「あっ、行き先決まったみたい」
まかないのおにぎりを振る舞っていたクロードが、ふと気付いて顔を上げる。海苔を巻かれたおにぎりにかぶりついていたウィンが目を瞬かせてクロードを見上げた。
「今回のお客様って行き先未定だったんでしょ? どうしてわかるの?」
「だってその旅券に魔法をかけてるの僕だもん」
「えっ」
知らなかったとばかりに驚くウィンの横で、エーヴェルが茶をすすりながら言った。
「お前クロードが魔法使いってことは知ってただろ? 特別な旅券には魔法がかかってるのは通例だろ」
「し、知ってますよそれくらい! それとクロードが繋がってなかっただけだってば!」
「本当かぁ?」
にやにやウィンをからかうエーヴェルを制し、クロードが席を立つ。
「じゃあ、僕アデーレに行き先伝えてくるから。おにぎりはそこの二つ残しておいてね」
「はーい」
「おう、いってこい」
ウィンとエーヴェルに見送られ、クロードはアデーレのいる支配人室に向かう。
「アデーレ、旅券のことだけど」
ノックして用件を告げれば、アデーレがすぐにドアを開く。
「あら、お客様の行き先、決まったのかしら」
「うん。八州帝国帝都だって」
「へえ、異国情緒でも味わいたいのかしらね」
「八州っていうとユヅルハさんの出身だったよね」
クロードの問いにアデーレはええ、と頷く。
「そうそう、八州でも北の方にあるヤチマナコってところが生まれらしいわ」
「やっぱり島国って独特だなぁ。地名も変わった響きだね」
聞いたこともない響きにクロードがそういえば、アデーレは意外そうにクロードに言い返した。
「フォレシアも島国よ」
「でも隣に妖精国があるでしょ。八州帝国は島丸ごとの単一国家だったはずだから、やっぱりフォレシアとはちょっと違うよ」
クロードが口を尖らせる中、アデーレは伝声管でレアに行き先を告げる。そして早速放送も兼ねた通信機器の前に座ると、八州帝国に渡航許可を得るため信号を送り始めた。
「クロード、ありがとう。戻ってていいわよ、あとはこっちでやっておくから」
「うん。それじゃあ、伝えたからね」
手をひらひらと振ってクロードは部屋を後にする。
一方アデーレは八州帝国の管制局に通信を入れていた。
「こちらフォレシア所属のオルテンシア号、渡航許可を願います。自由運航許可証の番号は……」
「せっかく八州に行くんだし、もっと八州のこと、聞かせてくれないかしら。どんなところか知りたいの」
すっかり立ち直ったシェリーはそんなことをユヅルハに頼んだ。
ユヅルハはええ、とゆっくり頷いてシェリーに八州のことを語り出す。
自然が豊かということ、四季が他の地域よりもはっきりしていること、今行けばちょうど秋にあたる頃だから、山の紅葉が美しい実りの季節であること。先ほどは話さなかった自然や人々の暮らしについて、ユヅルハは知る限り伝えていった。
「じゃあ、木の実をライスに入れて食べるの?」
「栗ごはんですね、栗がほくほくとしてなかなかに美味ですよ」
「そうなんだ、なんだか食の方でも知らない経験がたくさんできそう」
興味深そうにするシェリーの耳に、アデーレの放送が聞こえてくる。
「お客様にお知らせいたします。本船はただいまより世界の狭間を越え、海原の国、八州帝国に向けて出発いたします。世界の狭間を航行中は船内揺れることがございますので椅子にしっかりと腰掛けてくださいますよう、お願いいたします」
「正式に行けるようになりましたね」
「どういうことかしら?」
首を傾げるシェリーに、ユヅルハが人差し指を立てて説明する。
「この船は自由航行許可証、いわゆるどこの世界、国にも自由に行き来できる許可をもらっているのですが、八州帝国に関しては事前に航行許可をもらわないと領地に入れないのです。手続きはこれでも簡単になったのですが、それでも一般の飛行船は手続きが煩雑かつ処理速度が遅いので……」
体制も未だ古いせいではあるのですが、と付け加え、ユヅルハは苦笑した。




