表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
8.失恋の行き先

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/123

8-7 スケッチ

 シェリーはスケッチブックとユヅルハを交互に見やりながら、その姿をスケッチしていく。大きな鉤爪と、それに見合わない青白い細身の男。顔に大きな傷跡があるくせに、顔つきは優しげでおとなしい。


「鱗もあるのね……ますますドラゴンと見分けがつかないわ……」


 観察しながらシェリーはぶつぶつと独り言を呟いていく。それはユヅルハの立ち方であったり、鉤爪のことであったり、様々だ。

 ただ、とにかくよく見ている。それだけははっきり言えた。


「こんなふうに大きな鉤爪だったら、きっと大きな龍だったんでしょうね」

「蛇の大きなものと考えていただければ。胴体は細長いものですよ」

「へえ、四つ足のドラゴンとは違うのね」

「似ているということは違うということですから」


 そうして、ユヅルハはシェリーに姿をスケッチされていく。


「なんだか色々と描きたくなってきたわ。不思議ね、ただちょっと話を聞いてもらって、話を聞かせてもらっただけなのに」

「絵を描くのがお好きなんですね」

「昔からね。形を描くことが好きだったの。だから描いてる」


 シェリーは言葉少なに答えていく。その間も、鉛筆はずっとスケッチブックの上を動いている。


「形を描いて、線を引いて、最初はたったそれだけが楽しかったのよ。でもそのうちに周りにあるものを描いてみて、形が上手く描けなかったのが悔しくて、もっと綺麗に形を取ろうと何度も同じものを描いてたわ。そっくりになるまで、何度もね。でもやっぱり、根っこにあるのは形を描くと楽しい、って気持ちかしらね。何か目的のあるものを描くのが楽しいっていうより、そのものを描くって行為自体が楽しかったのよ」

「奥の深い答えです」

「そうかしら。とても単純に思えるけど。他の人はあの綺麗ななにものかを描こう、何かを美しく描こうって目的があるでしょう? でも私にはそういうものがないの。ただ描いてるって行為が好きで、それが綺麗に描けたら気持ちいいってだけで練習して、描いてるだけなのよ。他の人に比べたら立派な動機もないし、本当に原始的な欲求に従ってるだけ」

「そういうったものを、純真な心と呼ぶのではないでしょうか」


 そうかしら、と手を動かしたままシェリーは言う。だが、ユヅルハにはシェリーの絵を描く動機がとても純粋なように見えた。


「動機が立派であろうとなかろうと、大事なのは今描いているかどうかかと、私は思います」


 シェリーが相槌を打つ中、ユヅルハは続ける。


「どんなに立派な動機や理由があろうと、描かなければなんの意味もないかと。ですから、あなたの持つ動機は、最も原始的でありながら、最も強い動機であるかと、私は思うのです」

「最も原始的で、強い動機、か……」

「ええ。ですので、恥じる必要はないと、思うのですが……」

「ふふ、ありがとう。あなたなりに言葉を尽くして言ってくれて。私もあなたの姿を見ていたらまた何か描きたくなって、どんな絵にしようか今からわくわくしてるのよ」

「それは、きっと良い作品ができるのでしょうね」


 スケッチブックのページを換えながら、シェリーはどんどんユヅルハの姿を描いていく。

 ユヅルハは根気よく腕を掲げたまま立ち続け、シェリーのモデルになっていた。


「お客様にお伝えいたします。本船はまもなく丘の国上空を飛行いたします。丘陵地が見える高さまで降下しますので、どうぞ景色をお楽しみください」


 アデーレの船内放送が響き、オルテンシア号が丘の国に入ったことを伝える。


「おや、もう丘の国ですか」

「丘の国って、行ったことがなかったのよね。もう少し描いたら景色でも眺めてみようかしら」


 シェリーはそれから少しスケッチブックに描き込むと、鉛筆を置いてユヅルハに言った。


「ありがとう、モデルになってくれて。なんだかいい絵が描けそうな気がするわ」

「いいえ、こちらこそ。お役に立てたのなら何よりです」


 そして、シェリーはスケッチブックを閉じると展望室の前まで歩いていく。船首が丸々ガラス張りになっているから、眼下の景色も空も全て視界に入ってくる。


「これが丘陵地……ずっと丘が続いてるわ」


 なだらかな緑の丘が地平線の彼方まで広がり、ところどころに領主の屋敷や町が点在している。丘一つが丸々畑として耕されていたり、丘そのものが一つの街として栄えていたりもした。

 まっさらな丘のキャンバスに好きなように城や街を描いていったような丘の国に、シェリーはずっと見入っていた。


「大きなキャンバスみたいね、広くって、何を描いてもよくて……」


 そんなシェリーの様子を、バーカウンターからユヅルハはそっと見守っていた。

 あとはもう一つ、シェリーに聞かねばならないことがある。だんだんと元気を取り戻してきた姿に胸を撫で下ろしたあと、ユヅルハはシェリーに呼びかけた。


「お客様」

「シェリーでいいわよ、だいぶ色々話したんだし」

「私は、人を名前で呼ぶのがなかなか苦手でして」


 おかしな人、とシェリーが笑う中、ユヅルハは穏やかな表情で言った。


「シェリーさんは、結局どうなさるおつもりですか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ