8-6 ユヅルハの昔話
八州帝国は、海原の国に孤立する島国だ。島国であることから独自の文化が育ち、フォレシアのある世界とはなかなか毛色の違った文化が特徴だ。中でも特徴的なものは、万物に神が宿るという思想で、動物が年月を経て実際に神になった例や、大切にされた道具に神が宿り幸福をもたらした例もある。
そういった意味で八州帝国は海原の国でも随一の宗教国家だ。
かくいうユヅルハもそんな島国に住んでいた龍だ。
「神の国ってことかしら。なかなかミステリアスでいいところね」
「そうとも言えませんが……まあお気になさらずに。私はそもそも人間ではない、と申しましたらどういたしますか?」
「人ではないってことは、妖精や精霊さんなのかしら」
「そのように世俗離れしたものではないのですが……そうですね、元はただの蛇でした」
「蛇?」
あっけに取られるシェリーにええ、とユヅルハは続ける。
動物も徳を積み年をとればそれより高位の霊獣となることができる。ユヅルハもその例に漏れず蛇から龍になった一人だ。
ユヅルハの場合清らかな水辺に住み、毎日穢れをすすいでいたため、世俗の穢れにあまり晒されなかったことも大きい。そのため他の動物たちよりも早く霊獣となることができたのだ。
「霊獣になる際は非常に大きな負担がかかりますが、運よくやり過ごすことができましたので」
そして龍となったユヅルハは帝国の中を見て回ったが、その時運悪く邪神と間違えられて討伐されそうになったのだ。
「おかげで顔に大きな傷を負いまして。この傷はその名残です」
額から続く大きな傷跡を指せば、シェリーはまあ、と口元を覆う。
「よく無事でいられたわね」
「逃げましたので。一目散に」
そして命からがら逃げ出し世界の狭間を漂った末、フォレシアに流れ着いたのだとユヅルハは言う。
「そこで社長であるアデーレに拾われ、働いてみないか持ちかけられて今に至るわけです」
「なかなか聞き応えがあったわ。竜になって天に昇るなんて、なんだか神秘的で絵になりそう」
「実際は飛べるところに驚いて飛び上がっただけなのですが……」
「それでも聞いていて楽しかったわ。なんだか少し、絵を描きたくなった」
「それは良いことかと。やりたいことはやりたくなった時にやるのが一番です」
「ちょっと待っててもらえるかしら。スケッチブックをとってくるから」
シェリーはそう言って立ち上がり、展望室を出ていく。
ユヅルハは久しぶりに昔話をしたという感慨に耽っていた。
「思い出してみると、案外覚えているものですね」
清らかな水辺で泳いでいた頃が懐かしい。龍になってからは空を飛ぶことが多く、またアデーレに拾われてからは二本足で歩く頻度も増えた。
歩んできた道のりは長いような短いような、そんな不思議な感覚だ。しかし悪い気持ちではない。
自分のことを話したのも久しぶりのことだった。いつもはのらりくらりとかわすのだが、今回は気が向いて話すことにした。信じてもらえなくても、作り話として面白がられるならユヅルハはそれでよかった。
のんびりと待っていれば、スケッチブックを持ったシェリーが戻ってきた。
「待たせてごめんなさい。ちょっと、絵のモデルになってくれないかしら」
「ええ、構いませんが……」
カウンターにつきシェリーはスケッチブックを広げる。ユヅルハは特に居住まいをなおすわけでもなく自然体で立っていると、シェリーがふと思いついたようにユヅルハに言った。
「龍、っていうのはドラゴンとは似てるものなのかしら?」
「ドラゴンは初めからドラゴンとして生まれますが、龍はそうではないものから成るものでして。そこが一番の違いでしょうね」
「へえ、そうではないものから成る、かぁ。変身するみたいで面白いわ」
「よければ、一部ご覧になりますか?」
「というと?」
シェぇリーが首を傾げると、ユヅルハは右腕の袖をまくりあげて腕を晒した。青白く細い腕をユヅルハがくっと握ると、みるみるうちにそれは異形の形をとり、龍の鉤爪に変わっていく。
「このように、元の姿に戻ることもできるのです。さすがに全て戻ってしまえば、この船を壊しかねない大きさになってしまいますので」
困ったように笑みを浮かべるユヅルハに、シェリーは目を輝かせる。
「すごいわ、本当にドラゴンみたい……! ごめんなさい、龍だったわね」
「元の姿は似ているとよく言われますので」
愛想笑いを浮かべるユヅルハに、シェリーは早速鉛筆を手にした。
「その手、描いてみたいわ。いいかしら」
「ええ、構いません」
シェリーの申し出にユヅルハは頷くと、巨大な鉤爪をシェリーによく見えるように掲げてみせた。




