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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
8.失恋の行き先

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8-5 感情の消費

 シェリーが泣き出してしばらく、ユヅルハは口を開かぬままグラスを磨いていた。何も言いたいわけではなく、何かを言う機会を待っているだけだ。いたずらに口を開くばかりが会話ではない。ただ話を聞き、間を感じ、その人の言いたかったことを受け止める。それがユヅルハなりの話の聞き方だった。


「……ごめんなさいね、取り乱しちゃって」

「いえ。これもあなたに必要なことでありますれば」


 落ち着いてきたシェリーにユヅルハゆったりと言う。


「お辛かったのでしょうね。いつの時も、どうあればよりよくいられたのかと考えてしまうものです。あなたであればその方ともっと共にいるなら、どうすればよかったのかと思い悩んでしまうことと同じ……」

「ええ。言われてみればその通りだわ。今振り返っても、あの時こうすればよかったとか、あの時もっと言い方があったんじゃないかとか、そういうもしもが続くばっかり」

「過去に囚われる、という表現はあまり適切ではありませんが、行き過ぎたもしもは時に枷となるもの。過ぎたことと全てを振り払えぬまでも、過去を過去として受け止められれば良いのですが」


 ユヅルハの言葉にシェリーは残りの涙をハンカチで拭いながら言った。


「確かに、もう過ぎたことなのよね。もうあの時間は戻ってこないし、あの人と会うこともないのだと思うと、やっぱり悲しくなってしまうわ」

「悲しみに暮れるのもまた一つの受け止め方やもしれません。悲しみに囚われてはなりませんが、悲しみを誤魔化して押さえ込むのはまたよくないようにも思えます。今は、ただ目一杯悲しむのがよろしいかと」

「ふふ、励ますようなこと、あなたは言わないのね。くよくよするなとか、もう終わった関係だとか、前を向かせる人は友達にたくさんいたのに」

「ふたたび立ち上がる時には、足元が盤石でなければなりません。過去の思いも味わった上で立ち上がった方が、過去をないがしろにして立つよりもしっかりと足元を踏みしめられますので」

「つまり、過去にはしっかり向き合った上で、それから前を向こうってことかしら。確かに、そう言われることはあまりなかったかもしれないわ」

「然り」


 ユヅルハは大きく頷いてシェリーを見やる。シェリーはすっかり泣き止んで、ユヅルハにハンカチを返した。


「あなたって、不思議な話し方をするのね。私の知ってる中で、一番不思議なことを話す人だわ」

「出身が遠い国ですので、考え方やら話し方やら、私のそれは遅すぎる、と同僚には言われております」

「でも、あなたみたいな考え方も私は好きよ。もしあの人と付き合いが続いてたら、紹介してあげたいくらい」


 くすくすとシェリーが笑いユヅルハを見上げる。ユヅルハは不思議そうに首を傾げているが、それが素なのか意図的なのかは誰もわからない。


「あなたの言う通り、悲しかったらたくさん悲しんで、楽しかったら目一杯楽しんだ方がいいのかもしれないわね。平気だ平気だって言う割に、全然心は平気じゃなかったんだもの」

「感情は消費せねば心の中に消化されずに残るもの。逆に言えば感じ切ってしまえば自ずとその事柄は過去として積み重なるもの。平然とするよりもずっと、心のままに動いたほうが心は凪ぐものです」

「不思議ね、我慢するより思い切り動いた方が心が落ち着くなんて。私、ずっと悲しいことがあっても我慢しようって思ってばかりだったわ」


 人は心を揺さぶられた時いつも耐えようとする。昂る感情を押さえ込もうとする。それは逆に心をぐらつかせるものであり、真に心を凪ぐためには、昂った感情を感じ抜き、押さえ込まずに味わうことだ。


 ユヅルハはそういうが、シェリーをはじめ大抵の人間は悲しみを耐え、我慢し、感情を押さえ込むことで心の平静を保とうとする。だがそれが真に心の平静をもたらすわけではない。

 真に心に平静を保つには、耐えるよりもその時その時の感情をしっかり感じることが大事なのだ。


「なんだか、先生に話を聞いてもらったみたい。あなた、教師だった経験はない?」

「いいえ、あいにくですがそのような立派な職には就いたことがありません。ですがありがたくお気持ち頂戴いたします」


 うやうやしく頭を下げるユヅルハに、もっと興味を持ったのかシェリーは話題を投げかけてきた。


「だったら私、今度はあなたのお話も聞いてみたいわ。あなたはどんなところから来て、何をしていた人なのかしら、よかったら教えてくれないかしら?」

「私のこと、ですか」


 ユヅルハは珍しいこともあったものだと頷き、少し思案する。だが、少しシェリーに説教っぽいことを言ってしまった分、こちらのことも少しは話したほうがいいかとユヅルハは踏む。


「では、僭越ながらお話いたします。大して変わったことのない、ですが私にとっては大きな話。私の出身は、この世界ではありませんので」

「そうなの? 別世界から来た人なのかしら」


 ユヅルハは頷く。


「ええ、私の住んでいた場所は、その土地の呼び名で八洲(やしま)八洲(やしま)帝国と呼ばれておりました」

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