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【第1部完結】空想旅行社ラピエス【第2部開始】  作者: ことのはじめ
8.失恋の行き先

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8-1 閑散期のお客様

 お客というものは来るべくして来るものだ。というのはアデーレの弁であるが、それによってラピエス社は予約制と謳いながら当日利用のお客も受け入れているのだから不思議なものだ。


 閑散期のその日も、そんな突然の来客があった。


 本社にいる時は受付嬢もしているウィンが、来客に要件を伺う。


「とにかく、遠くに行きたいんです。場所は……ええ、決まってないんだけれど」

「わかりました。では社長にお取次します。少々お待ちください」


 来客は若い女性だった。大きなトランクを携え、落ち着いた物腰で、余裕のある態度は自立していることを感じさせる。ウィンから言わせれば大人の女性、なのだがどうにもその様子は少し疲れているようにも見えた。


「本日はご来店くださり誠にありがとうございます。社長のアデーレと申します」

「シェリーよ。急だっていうのにありがとう」


 応接間に通されたお客はシェリーと名乗り、アデーレに挨拶する。


「いえいえ、お客様は来るべくしていらしたのですから、私としてはむしろお待ち申し上げておりました」

「私が来るべくして……ふふ、面白い旅行社さんね。それで、私遠くへ行きたいんだけれど」


 無理なことを言っているのは承知の上で、シェリーはアデーレに問う。

 アデーレはそれでは、と机から一枚の旅券を取り出した。

 フォレシア発と書かれた旅券にはしかし行き先は印字されていない。アデーレはその旅券をシェリーに渡す。


「こちらの旅券がふさわしいかと。お客様が行きたくなった場所ができた時、その場所が浮かび上がる仕組みでございます」

「そんなものもあるの? つくづく不思議な旅行社ね。気に入ったわ、今すぐ出発したいのだけれど、いいかしら」

「出航まで少々お時間をいただきますが、それでもよろしければ」


 アデーレに船の時間を聞いたシェリーは、そのまま頷いて差し出された書類にサインしていく。


 例の旅券にも、もちろん名前を書いた。




「閑散期でも船にいろってこういうことか……」


 オルテンシア号の厨房、エーヴェルはクロードとともに食べていたクッキーの残りを口に放り込み、立ち上がって伸びをした。その横でクロードもティータイムの片付けを始める。もちろん、アデーレから連絡があったばかりだ。


「まあ、今に始まったことじゃないんだしいつも通りだよ」

「そういうもんかぁ? まあ、この仕事も年柄年中活動してるもんだしな、休日以外まともに休めないのも困るっちゃ困るが」

「ワーカーホリックにはたまらない仕事だろうね。ほら、さっさと着替えてお迎えの準備して」

「わかったよ、せめてティータイム後に連絡くれたらまだマシだったんだが」


 ぼやきながらもエーヴェルは厨房から出ていく。クロードも来客に備え厨房の片付けをするが、アデーレの言葉をふと思い出しああと頷いた。


「今回のお客さんは魔法の旅券で来るのかぁ。久しぶりだな、僕が魔法かけた旅券使う人が出るなんて」


 一方エーヴェルはスタッフルームで着替えた後、展望室を覗きに行く。ユヅルハの姿を確かめるためだ。早速覗いてみればバーカウンターの席でユヅルハはうたた寝をしている。


「おい、ユヅルハ。客が来るぞ」

「……ん、おや。もうそんな時分ですか」


 ぱちりと目を覚ましたユヅルハは目をこすりながら席から立つ。エーヴェルさえ小柄に見えさせるほどの長身が立ち上がれば、それなりに圧迫感はある。体の頑丈さならエーヴェルのほうが上だが、ユヅルハはこう背丈があっても力はろくにないのがまたなんともいえずアンバランスでおかしさを感じさせた。


「して、今回のお客様はどのような?」

「なんでも行き先不定らしい。それでも船を出せとの社長命令だ」

「なるほど、承知いたしました。こちらも準備を進めておきましょう」


 ユヅルハは恭しく礼をしてバックバーの確認を始めた。

 もう少しすればアデーレとウィンも客を連れてやってくるだろう、それまでに出航準備を整えておかなければ。エーヴェルが出迎えのために船を降りた後、ユヅルハはのんびりとグラスを磨きだす。


 ラウンジとしての展望室であるが、最近はあまり人が来なかったせいか暇を持て余していたのも事実だ。いつもグラスは磨きに磨いているが、たまにはその磨いたグラスも使ってみたい。


 今回のお客は遠くへ行きたい、とのことだったからきっと展望室から眺められる景色を楽しめるはずだ。それからゆっくり行き先を決めたりしたって一向に構わない。


 むしろそうやって場当たり的に決めたっていいのである。そのくらい適当なものでいたほうがいいとさえユヅルハは思う。


「さて、今回は出番があるとよいのですが……」


 そんな誰へともつかぬ言葉を呟き、ユヅルハは作業に没頭していった。

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