7-3 異世界迷子
支配人室に着くと、ウィンが紅茶を入れてアデーレと一緒に待っていた。
「初めまして、支配人のアデーレと申します」
ライナスを見たアデーレはすぐに恭しくお辞儀をしてライナスに名乗って見せた。
ライナスは最初こそ驚いたものの、すぐに自分も名乗り返し、お辞儀を返す。
「私は勇者ライナス。無の魔王を封印した勇者だ」
「無の魔王……ですか。それはそれは恐ろしいものだったでしょう」
「確かに奴は手強かった……いや、それよりも聞きたいのだが」
「なんでしょう」
「ここは、一体どんな場所なのかお教え願えないだろうか。無の魔王を封印してからの記憶が私にはないのだ」
ライナスはまず自分の状況を知りたいようだった。アデーレはそれを聞いて一呼吸置いた後、話し始める
「我がオルテンシア号が世界の狭間を航行中、偶然デッキに落ちてこられたのが貴方様、ということでございますね。あなたがどのような方で何を成し遂げたのか、私どもはまるで、これっぽっちも存じ上げません」
またなんともざっくりとした説明である。そしてちょっとだけすげない。
だがライナスにはそれで十分なようだった。
「なるほど、きっと次元の狭間に放り出され、君たちの船に落ちてきたのだろう。私は、世界を脅かす無の魔王を倒すために旅をしてきた。仲間と共に虚の城へ乗り込み、後一歩のところまで魔王を追い詰めたのだが、魔王の力は強く、私が単身で封印する他なかったのだ」
「そんな事情があったんですね、さぞかし大変だったでしょう」
アデーレの労いにライナスはかぶりを振る。
「いや、気にしないでくれ。すまない」
緊張の糸が張り詰めたままのライナスに、アデーレも疲れるだろうと思ったのか、紅茶を勧めてきた。
「いえいえ。それよりどうぞおかけください、紅茶を入れてありますので」
「遠慮せずにどうぞ」
アデーレとウィンに勧められ、ライナスは応接用のソファに腰掛ける。ウィンが紅茶を出せばきちんと礼を述べるあたり、紳士的な振る舞いはできるようだった。
「それで、どうするんだ?」
「どうする、とは」
入り口に立つエーヴェルに言われ、ライナスが戸惑いを見せる。
「いきなり船の上に落ちてきて、帰るあてはあるのかって聞いてるんだ」
「それは、もちろん。私は故郷へ帰らねばならない」
「故郷……貴方の元いた世界ですね」
クロードも一緒になって口を挟んでくる。
「故郷の名前をお伺いしても?」
アデーレがさらに話を聞こうとし、ライナスに問いかける。ライナスは得意げに口を開くが、その口から言葉が出ることはなかった。
「ライナスさん?」
「……思い出せない」
ライナスの顔色がすっと青ざめていく。
「わからない、故郷の、私のいた世界の名前が思い出せない……!」
「おや」
「えっ、それってつまり、帰れないってことじゃん!」
ウィンが大変、とばかりに口元を手で覆う。アデーレは慌てふためくこともなく、ふむふむと頷いている。
「おそらく、世界の狭間を彷徨った時に部分的に記憶喪失になったのでしょう。ですが、諦めるのはまだ早計かと」
「だが、名前もわからなくなってしまったところへどうやって帰ればいいのだ」
真っ青になるライナスにアデーレはいつもと変わらぬ調子で答えた。
「ならば、思い出すまでいろんな世界をめぐって見ましょうか。もしかたら偶然たどり着いたり、世界を巡るうちに思い出したりするかもしれませんよ」
「って、アデーレ。この人お客さんにするつもり?」
「この船に落ちてきたのも何かの縁。料金を仮に取れないとしても労働で補ってもらいますので」
「変なところで縁結ばないでよ〜」
「俺は賛成だぞ。見たところ力仕事が向いてそうだしちょうど人手が欲しかったところなんだ」
クロードがげんなりする中、エーヴェルは人手が増えると喜んでいる。ライナスはその正反対の対応にどう対処すればいいのか戸惑いを隠せていないようだ。
「だが、いいのだろうか。私がそんな……」
「いーんじゃないですか?」
そんなライナスに、ウィンが呑気に言った。
「困ったときはお互い様とか、よく言うじゃないですか。だったら普通はもっと頼っていいんじゃないかな〜って思います。ほら、うちの支配人って結構そう言うところが面白いっていうか……むぐ」
アデーレがウィンを見やり、ウィンは滑った口を全力で手で塞ぐ。
ライナスはそんな人の良いアデーレたちに感銘を受けたのか、ああ、と声を漏らす。
「私はなんと幸せな者なのだろうか。次元の果てでこんな善良な人々に助けてもらえるなど……わかった、このライナス、貴方たちの恩に全力で報いよう」
そして改めて頭を下げるライナスに、アデーレをはじめエーヴェルもウィンも頷いてみせた。
クロードだけは「いいのかなぁ……?」と首を傾げてはいたが。




