7-2 勇者ライナス
目が覚めた時、自分は見知らぬ天井を見上げ、知らないベッドの上に転がっていた。
「……ここは」
起き上がってみれば、豪華な調度品に不釣り合いな小さな窓があるのがわかる。その小さな窓からは青空が見え、大分眠ってしまっていたことがわかる。
「あのとき、無の魔王と戦って……生きているってことは、封印は成功したのか?」
朧げながらも自分の記憶をたぐっていく。無の魔王を封印するため、一人虚の城に残り封印を試みたのだ。その結果魔王そのものでもあった虚の城は壊れ、自分は虚無に投げ出されたはず。
「誰か……助けてくれたのか?」
ぼやけてしまった記憶は肝心なところを思い出せずここがどこで今はいつなのかもわかるすべはない。
「とりあえず、ここを探索してみよう」
ベッドから起き上がったところで、物音に気付いたのか部屋のドアが開けられた。
顔を覗かせたのは一人の青年だった。歳のころは三十ほどか、茶色い髪と緑の瞳が印象的だ。その青年は自分を見るなりああ、と声をあげてドアを閉めてしまった。
「ちょっと、君!」
声をかけるも無視され、少し寂しくなる。だが少しもしないうちに彼は連れらしき青年を連れてきた。青年は聞き取れない不思議な言語で何ごとか話し、自分の目の前に不思議な紋様の描かれた紙をつきつけ、呪文を唱えた。
「……え、きこえ、ますように……」
「き、聞こえるぞ」
自分が聞こえる、と返事をしたら青年はパッと顔を上げる。
「ああ、よかった。聞こえるんですね。自己紹介の前に、この紙を肌身離さず持っていてもらえますか?」
「? ああ、構わないが」
銀髪の青年はそういって自分に紋様の描かれた紙を渡してきた。怪しい力は感じられなかったから受け取ってみれば、ふわりと紙が光って全身を光で包み込む。
「な、なんだ?!」
「大丈夫です、言葉が通じるように調整しているだけですから」
「調整? 一体どういうことなのだ」
わけがわからない、と戸惑っていると、隣の茶髪の男が口を挟んでくる。
「要はお互い話ができるようになる魔法だ、魔法」
魔法、と言われて合点がいく。となるとこの銀髪の青年は魔法使いか。
「初めまして、異邦の人。僕はクロードと言います。隣の不真面目そうなのがエーヴェル」
「クロードさんにエーヴェルさんか。よろしく」
「はい、よろしく」
「おう、よろしくな」
二人と軽い挨拶を済ませたあと、自分も名前を名乗ることにした。
「私はライナス。勇者ライナスだ」
「勇者」
エーヴェルがクロードを見やる。クロードもエーヴェルと顔を見合わせた。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが」
「え、いや……」
「勇者って実在したんですね」
どうやら彼らは勇者を知らないようだ。よほど遠い世界のことと考えているか、世間知らずなのだろう。
「それで、勇者さまがどうしてうちの船に落ちてくるんだ?」
エーヴェルがぶっきらぼうに言い、そこで自分は初めて海の上にいることに気づく。
「船? ここは船なのか?」
「船っていうか、うちの会社の船だけどな」
まだまだ謎の多い人たちではあるが、意思の疎通ができることだけが何よりの救いだ。感謝のため祈りを捧げていれば、二人にまた怪訝な顔をされた。
「ライナスさん、とりあえずアデーレ……この船の支配人のところに行ってみませんか? 僕たちじゃわからないこともきっとわかると思いますし」
なるほど、自分の状況を知るにもまず一番目上のものに当たれということか。なかなかクロードという青年は頭が切れるようだ。
「わかった。ここは君たちの意見に賛同しよう。早速だが、支配人さんのところに案内を頼んでもいいだろうか」
「ええ、もちろん。こっちです」
かくして勇者ライナスこと自分はこの船の主に会いに行くのだった。
自称勇者と話をしたエーヴェルとクロードは、ライナスを引き連れる中首を傾げてばかりだ。
「この勇者って肩書き、信じていいのかな」
「まあほらふきとは限らないし、いいんじゃないか? 冒険譚の一つや二つ語ってもらうのもいいかもしれないぞ」
「まあ、異世界の勇者なんだしまずは信じてもいっか……」
クロードのなんだか消極的な信じ方にエーヴェルはおかしさを覚えてクロードの背中を叩く。
「そんな気にすんなって、せっかく面白い……いや愉快なことになりそうなんだ、人助けと思っていこうぜ」
「言い換えになってないよ、エーヴェル」
エーヴェルはこの状態に割と楽しみを見出しているのかわくわくとしている。だから普段はもう少し取り繕う言葉だって取り繕うことができていない。
「大丈夫かなぁ。アデーレったら面白い依頼はすぐに飛びついちゃうし……」
一人心配をしているクロードの腹は、シクシクと痛み出していた。




