7-1 世界の狭間の落とし物
依頼を終えたオルテンシア号は、帰路に就いていた。嵐の国から世界の狭間に入り、航行していた時のことである。
「ここら辺は最近何かあったのかね、狭間なのにめちゃくちゃに荒れてるじゃないか」
レアは一人ぶつくさ言いながら荒れた狭間を縫うようにしてオルテンシア号を走らせる。
狭間の領域は何もないことがほとんどだが、稀に世界のかけらが漂っていたり、統合跡で空間が荒れたりしていることがある。今回レアが見つけているのはその両方だ。
どこかの世界のかけらだったろう土塊や、建物の残骸、それをズタズタに切り裂いた空間の切れ目など、船を走らせるには荒れすぎた状態だった。
ここまで狭間が荒れるのは大抵世界がぶつかりあって統合した時や、ぶつかりあった世界のどちらかが砕けてしまった時などが考えられる。
嵐の国の周りはまだ未開の航路も多く、冒険家や探検家が向かう以外で訪れる人間も少ない。
おそらく、観測されていない世界同士で摩擦でもあったのだろう。あとでアデーレに報告しようと思い、レアは舵を切る。ちょうど船が旋回したところで、デッキにゴン、と何かがおちてきた音がした。
レアは自分で確認することはせず、横にある伝声管でエーヴェルに伝える。
「もしもしエーヴェルかい? デッキに何か落ちた。一旦狭間を抜けるから確認と対処を頼むよ」
程なくしてエーヴェルの気だるそうな声が聞こえてきた。
「りょーかいりょーかい。ったく、どちらさんか知らんが船に勝手に物を落とさないで欲しいもんだな」
仕事終わりということで気が抜けているが、まあいいだろう。
レアは世界の狭間から抜けるアナウンスをしたあと、手近にある異世界にダイブする。
強い雨風を抜けたあと、エーヴェルがデッキに上がってみると、そこには仰々しい鎧姿の男が倒れ伏していた。マントがめくれあがって頭を丸ごと隠し、顔はよく見えない。
「って、こりゃ人か?」
エーヴェルの持っている知識では、この形の鎧がどこの出身かまではわからない。だが、腰に携えた立派な剣から、剣士であることは窺わなくてもわかるところではる。
とりあえずこのまま倒れられていても困るので、エーヴェルはひょいと男を俵を担ぐように担ぎ上げる。そのままエーヴェルは階段を降りて廊下にその剣士を連れてきた。
「エーヴェル、船に落ちてたのってなんだったの?」
スタッフルームから顔を出したウィンが、エーヴェルの担ぐ男を見て言葉を失う。
無理もないだろう、てっきり石か何かが落ちてきたかと思っていたのだから。
「え、人ってマジ?」
「マジだよ。こいつをこれからどうするかアデーレに聞いてくるところだ」
「じゃあ、この人一応空いてる客室に入れとく?」
「そうだな。ベッドの用意までしなくていいから、戸を開けておいてもらえるか」
「うん、そういうことなら任せて。ドアの鍵開けてくる」
ひょいとスタッフルームに引っ込んだウィンはすぐさま鍵を取り出してくる。そして空いている客室にエーヴェルとともに男を放り込み、支配人室へ二人で向かった。
「アデーレ、例の落とし物の件だが」
「何が落ちてきたのかしら」
「人だ。おそらく異世界の」
エーヴェルが短く、そしてはっきりと告げる。
アデーレはウィンと違って驚かず、こくんとひとつ頷いいただけだった。
「その人は今どこに?」
「空いてる客室に放り込んである。必要だったらふんじばるなりなんなりできるが……」
「それには及ばないわ」
アデーレはそういってクロードを伝声管で呼び出す。
二言三事喋ったあと、何事もないかのようにエーヴェルたちに向き直った。
「クロードにちょっと頼んでおいたから、起きたらクロードを呼んで。それからのことは……まあその人が起きてからになるわね」
何を頼んだのかエーヴェルとウィンにはあまりよくわからなかった。だが、アデーレとクロードのことだ、何かしらの解決策くらいは用意しているだろう。
とりあえずエーヴェルとウィンはスタッフルームに引っ込むことにした。
スタッフルームに戻ると、何やらクロードが紙に何かを書いている。
「アデーレったら〜、もう……」
そんなことをぼやきながらの作業にウィンもエーヴェルも首を傾げた。
「ねえねえ、クロード。何してるの?」
「あっ、これね、今魔法陣描いてるんだ」
「魔法陣って、なんの?」
ウィンが聞けばクロードは紙から目を離さずにいう。
「言葉が通じるおまじない。ほら、知らない世界の人だったら言葉が通じないと話も何もできないでしょ」
「あ、そうなんだ」
へえ、と声をあげるウィンに訝しげにエーヴェルが腕を組んだ。
「お前、エルフなのにそんなことも知らないのか?」
「ぐっ、し、知ってます〜! これは知らないエーヴェルに向けてのリアクションです〜」
「俺は知ってたけどな」
「えっ」
驚くウィンにくすくす笑いながらクロードはペンを走らせる。
「とにかく、起きる前に描き上げなきゃいけないから」
さらさらと複雑な紋様を描いていく様に驚きながらも、二人はクロードの作業を見守った。




