6-10 帰り道
帰路に就くオルテンシア号は、夕焼けの中空の国を抜けようとしていた。ジェームズは一人で今までを懐かしみたい、と話相手の指名はしなかった。食事の用意はないから、クロードは暇になる。
そんなクロードも少し誰かと話したくなって、アデーレのいる支配人室に向かった。
「アデーレ、いる?」
「あら、クロード。用でもあった?」
アデーレが眺めていた書類から顔を上げる。クロードは少し手持ち無沙汰な様子で答えた。
「いや、別にないんだけど、なんだかちょっと話したくなって」
「構わないわよ。後は帰るだけだから、少しは話相手になれるわ」
「助かるよ」
「話したいのは今回のお客様のことについてかしら」
うん、とクロードは頷く。支配人室の隅にある椅子に座り、クロードは話し出した。
「なんだかね。ちょっと羨ましくなっちゃった」
「老いるのが?」
「それもあるけど、満足して人生を過ごせるって、いいなって」
「あのお客様は巡り合わせがよかったのよ。あなたも憧れるのかしら、そういう人が現れるの」
「都合よく出てくるなんて思ってないよ。でもそういう人がいたら……幸せなんだろうなって思う」
クロードはぼうっと天井を見上げながら言った。アデーレは書類を置くと窓の外を見る。
「幸せは人それぞれって言うものだし、幸せだったかわからないまま死ぬことだって往々にしてあるわ。そもそも、ずっと苦しんでいる人もいる」
「それでも、僕はみんなに幸せになってほしいな」
「苦しみ抜いて絞りカスになった人生でも、凪を得られたらいい、だなんて私は思わないけれどね」
「凪が幸せとは限らないのは僕だってわかってるよ。どうあれば幸せかだって。でも、笑っていてほしいと誰かに願われるのは、きっと悪いことではないと思う」
「クロード、あなたは幸せになりたいと思う?」
アデーレが聞けば、クロードは照れくさそうに頭をかいた。
「そりゃあ、ね。でもなれるかどうかはわからないや」
「みんなに幸せになってほしいくせに、自分の幸せはわからないなんて不思議なものね」
「言い方がずるいよ、アデーレ」
口を尖らせるクロードに、アデーレはしたり顔で言う。
「そういうものよ。それより、今回のお客様に出した料理、前に来たときと同じにしたでしょう」
「あ、バレてる」
てへ、と舌を出すクロードにアデーレは肩を竦めてみせた。
「前に来たのが五十年前だからって、同じメニューを出したのは自分を知ってほしかったからかしら?」
「うーん。僕も献立を作ってから思ったんだけどね、たまたま被っちゃった」
「本当?」
訝しげなアデーレの視線に、クロードは曖昧な笑みを浮かべる。
「でも昔作ったのも僕とは気付かれてないし、いいんじゃないかなぁ」
「だといいんだけれどね。でも、今回は料理から始まってお客様を満足させられたから、よしとしましょうか」
結局のところ、どうであれ客が満足する内容であればアデーレはそれでいいのだ。そこがいいのか悪いのか、長い付き合いのクロードも首を傾げてしまうところではあるが。
そんな風に話をしていれば、伝声管からレアの声が聞こえてくる。
伝声管の蓋を開ければ、アデーレ宛のもののようだった。
「そろそろ世界の狭間に入るよ。アナウンス頼むからね」
「ええ、わかったわ」
そして伝声管を閉じると船内放送をするために支配人室の一角にある放送設備の前に腰かける。
船内放送用の設備ではあるが、オルテンシア号の状態を把握できたり、他の通信を聞ける装置があったりと少々設備が過剰なところではある。
「お客様にご連絡いたします。当船は間もなく世界の狭間に突入いたします。狭間を航行中は揺れる場合がございますので、椅子にしっかりと腰掛けるなどしてくださいますよう、お願いいたします」
アデーレが船内放送を済ませる中、クロードは椅子にもたれかかったままその様子を眺めていた。
「それで、あと暇潰しはどのくらい付き合えばいいのかしら?」
「そういうこと言う? せっかく来たのに」
「いつもならウィンやエーヴェルにまかない作ってあげてるでしょうに、今日はそういう気分じゃないわけ?」
「う~、小言臭いのも変わんないなぁ」
「これでもマイルドになってる方よ。失礼ね」
渋い顔をするクロードにアデーレは言い返す。言い返されながらもクロードはアデーレと初めて会った時のことを思い出していた。
「最初会った時は勢いがすごかったもんね、君」
「さて、昔のことは忘れたわ」
さすがに昔のことをほじくられるのは恥ずかしいのかアデーレはそっぽを向く。
クロードはくすくすと笑いながら椅子から立ち、支配人室を後にしようとした。
「さすがにだらだらしすぎはよくないもんね。二人もおなか空かせてるだろうし僕ちょっとまかない作ってくるよ」
「ええ、そうするといいわ」
そして出ていくクロードの背中にふう、と息を吐いた。
さすがに過去をああだこうだ言われるのはアデーレも恥ずかしくなるものだ。そこをつついてきたクロードに毒づくように、アデーレは呟いた。
「……七十年前のことなんだからあんまり突っ込まれたくないわよ、もう」




