6-9 モニカが見たかったもの
モニカはその表情を見て穏やかに微笑んだ。
「ええ、本当に」
その顔は本当に満足げで、未練のないように見えた。
子供のようにはしゃいで浮島や遠くの空中都市の形を話していくジェームズの姿を、モニカは大切そうにずっと見ていた。
「モニカ、君が見たかったものは見られたかい?」
ジェームズはてっきり景色のことだと思って話しているが、モニカにとってはそうではないようだ。
だが、モニカはジェームズの言葉に微笑みながら頷き、ジェームズの顔を見つめた。
「ええ、私が見たかったものは、十分見させてもらったわ」
「よかった。最後に私も君と思い出の景色を眺められてよかったよ」
「ふふ、そうね」
モニカは言葉少なに言うだけで、本当に満足そうにジェームズを見る。
「モニカ?」
モニカの姿がうっすら薄らいでいることに気づき、ジェームズは目を瞬かせる。
「心残りがなくなっちゃったから、私はそろそろお暇しなくちゃいけないわ。ありがとう、ジェームズ。あなたが見せてくれたもの、やっぱり私の思い出の景色だわ」
「だったら、君のために毎年ここに来るよ。いつまで続けられるかはわからないけど、ずっと君を思って色んなものを見るよ」
「そんなことをしなくったって、私の思い出はいつも側にあるわ」
ジェームズは最初よくわからないといった風に訝しげにしていたが、見当が付いたのかハッとして照れくさそうに笑った。
「はは、君って人は、最後まで私をからかうんだから」
「だって私、あなたのそんなところが好きで一緒になったんですもの」
「私だって、君にからかわれるのが大好きだったよ」
改めてお互いの気持ちを理解した二人は、くすくすと笑い合う。
そして、徐々にモニカの体が透けていく。
薄らいでいくモニカにジェームズは瞳を潤ませながら笑うと、そっとモニカの手に触れた。
今のモニカは魂のかけらだけの存在だ。それを魔力で補強してあるだけで、幽霊のように触れることは叶わない。
それでも、手を重ねてジェームズはモニカを見やる。モニカも手を重ねられたことに気づき、愛おしげにジェームズを見上げた。
「ありがとう。君と話せて本当によかった」
「私もよ、ジェームズ。ありがとう。最後にあなたの笑顔が見られて、本当によかった」
そして、すうっとモニカは消えていく。重なった手が消えたとしても、二人の気持ちはいつまでも同じだろう。
クロードは、その一部始終をずっと隅で見つめていた。魔法陣が描かれた紙が効力を失って落ちるのも、それをジェームズが大事そうに拾って懐にしまったのも、全部全部見ていた。
あの魔法陣はモニカの魂の一部を封印していたものだった。本人の望みが果たされると効力を失い魂が地に還る。魂が現れる時、大抵は本人が一番望んでいる姿となって現れる。
老女として出てきたモニカが、その時の姿に一番満足していたからだと思えば、あの姿は本当にジェームズと共にいられて楽しかったことを現しているのだろう。
なんだか、うやらましくなってしまう。不老のクロードは老いることもなく、害されない限りほとんど無限に生きることができる。
だからこそ、限られた生を満足して終えられることが羨ましかった。
たった三十分の逢瀬で、一生分の気持ちを確かめ合ったモニカとジェームズが、ひどく眩しく見える。
「ジェームズさん……」
クロードは懐を大事に抱えるジェームズに声をかけた。ジェームズは緩く頷いた後、クロードにゆっくりと向き直る。
「お騒がせして悪いね。でも、とてもいい体験ができたよ。ありがとう」
「いえ、僕は隅で見ていただけですから」
「でも、君がかけ合ってくれなかったら、一生妻の願いを叶えられずに過ごすところだった。本当に感謝しているよ」
ありがとう、とお辞儀をするジェームズに、クロードも同じようにお辞儀を返す。しかし、一つだけ疑問があった。
「一つ、気になったんですけど。どうしてモニカさんは自分の魂の一部を封印したんでしょう?」
心残りがあった、とは言っていたが、それが何かは聞いていいない。ただのからかいで魂を封じることなんてしないだろうし、一体なぜだろうか。
クロードが疑問に思っていると、ジェームズはくすくすと笑った。
「え、何かおかしなことを聞きました?」
自分では真っ当な疑問だったのだが、違うのだろうか。慌てるクロードにジェームズはいや、とかぶりを振って答える。
「それは、そうだね。君の言うことはもっともだ。でも、こういうことはきっと、深い理由なんてないと私は思うよ」
深い理由もなしにこんな大それたことをするのは不思議な気がする。クロードが困ったように眉を下げると、ジェームズはいたずらっぽく笑って見せた。
「妻は私をからかうのが好きだと言ったろう? だから、いなくなっても変わらずいたずらで私をからかいたかったんだと思うよ。要は、私と笑いたかったのさ」




