6-8 遊覧飛行
翌日。昼下がりにオルテンシア号はソルシエールの桟橋から発つ。ジェームズはクロードの提案で展望室で遊覧飛行の景色を見ることにした。
ジェームズはカウンターの席にかけることもせず、しっかりと立って展望室の窓から景色を眺めている。
手には、妻モニカからの手紙。手紙と一緒に景色を見たいのだろう。少しの揺れしか感じないオルテンシア号の展望室に、クロードもそっと入り口でジェームズを見守っていた。
オルテンシア号は廃都ソルシエールの下部に向かい滑るように飛んでいく。まだ保護されている街の上部よりも、下部はずっと崩落した箇所が多く朽ちていた。
柱だったのか途中で折れた石柱、通路か橋か宙に伸びたままの石の通路に、蔦や草花がしがみつくように絡みついている。
歩廊はそんな廃墟の中を慎重に進んだ先にあった。街の中央部、空にむき出しの浮遊設備をぐるりと回るように、崩落した通路が巡らされていた。とはいえ半分以上が崩落し、残った歩廊もヒビが入り今にも崩れそうである。
「あれがジェームズさんの言っていた歩廊……」
空の中にある回廊は、まさしく空中歩廊といって問題ないだろう。アデーレが船内放送で間もなく歩廊周辺を一周する、というアナウンスを流した。
そうして、一定距離を保ちながらの遊覧飛行が始まる。
歩廊の外側を回っているだけだが、それだけでジェームズは満足げにしている。
手紙を持ち、時折語りかけるように視線を手紙に落としていた。
「モニカ……できるなら、もう一度君と一緒に歩いてみたかったよ……」
そう呟くジェームズは、愛しげに手紙の文字をなぞる。
すると、なぞった文字がふわりと浮かび上がるように光り出し、手紙がジェームズの手を離れて宙に浮かびだした。
「……! これは」
驚くジェームズの後ろで、クロードは手紙の状態を見抜く。
「魔法が発動したんだ」
そして、光った手紙はふわりと封が開き、中の便箋が出てくる。
その便箋が開かれると、そこには一つの魔法陣が描かれていた。
魔法陣を見て、ジェームズが声を上げる。
「これは、モニカの……」
魔法陣というものは、描き手の個性が出るものだ。魔法の研鑽を積んだ者ほどその人物特有の描き方が出て、本人に馴染んでいく。今現れた魔法陣も、モニカが生前描いたものだろう。
魔法陣から読み取れる情報を見て、クロードは視線を下げる。どこまでもモニカはジェームズを愛していたことがひしひしと感じられたからだ。
「モニカさん……」
それだけ呟いて、クロードは眩しそうに手紙とジェームズの姿に目を細めた。
魔法陣は光を放った後、一人の女性の姿を映し出す。さっぱりとした見た目の老女だった。老女はジェームズを見つめ、半透明の姿のまま口を開く。
「本当に連れてきてくれたんですね、あなた」
「モニカ……」
ジェームズの言葉に、モニカは頷く。
「あなたと旅行したことが忘れられなくて、ほんの少しだけ私の魂を残したの」
「そんな、じゃあ本当に君なのかい」
「そうですよ。あなたと初めて行った空中都市……おとぎ話の世界みたいで楽しかったわ」
懐かしげに語るモニカにジェームズは表情を曇らせる。
「でも、君と歩いた歩廊はもうなくなって……」
「いいのよ、私が見ていたのは歩廊じゃないもの」
え、とジェームズは目を丸くする。だが、モニカは変わらずに展望室の窓から外を眺めた。
「それより、せっかく来たんですもの、中々来られるところじゃないんですし、二人で一緒に眺めましょう?」
ジェームズはよくわからない顔をしていたが、せっかく束の間でもモニカと再会できたのだ。ただ悲しい姿ばかりを見せるのはらしくない。ジェームズは気を取り直してモニカと一緒に外を眺めた。
「……懐かしいな、君とこうして景色を眺めるなんて。ここだけじゃなくても、色んな場所で、色んな船で景色を見たね」
「ええ。どれもとても素敵な場所だったわ。いつだったかしら、星の海で、あなたったら星を拾おうとして」
「そんなことを覚えていたのかい? でも、あれは本当に掬ったら拾えそうだったから……」
恥ずかしい思い出もモニカはしっかりと覚えていたようで、ジェームズがはにかみながら顔をくしゃくしゃにする。
「本当に、私をからかうのは変わらないな、君は」
「だって面白いんですもの」
そう言って二人はくすくすと笑い合った。
オルテンシア号は歩廊の周りを回っていく。明るい日差しは空を一層透き通らせ、遠くに滴る青色の美しさを際立たせる。
「見てごらん、あの浮島。初めて来たときもあそこに変な木があるって言ったよね」
「ええ。覚えてるわ」
「もしかしたら、あの変てこな木、まだ残っていたのかもね。あんなに時間が経ってもまだくねくねになってて、面白い木だよ」
そう言って、ジェームズは子供のように面白がって浮島を指しながらモニカに笑いかけた。




