6-5 塔の世界・空の国
窓の外が暗くなり、激しい風が吹き付ける。嵐の中に入ったオルテンシア号は、時折揺れながらもまっすぐに狭間を突き抜けていく。
狭間を抜ける時、クロードはいつも緊張する。世界と世界の間はどこでもない空間につながっているからだ。無と呼ばれるそこは全てがあり、全てはないものとして扱われる。
その感覚がクロードは苦手だった。だから世界を越える時、いつも厨房にこもっているのだ。
だが今は違う。ジェームズの話し相手として客室にいる。内心不安ではあるが、できるだけそんなそぶりを見せずに椅子に座っている。
「世界を越えるときは、どうにもね……」
ジェームズが寒がるように体を抱きながら言った。
「年のせいか引っ張られることが多いんだ。旅なれはしてるつもりだったけど、この感覚だけは苦手なんだ」
「ジェームズさんも、苦手なんですか? 世界の狭間を通る時の感覚」
おや、とジェームズも驚いて声を上げる。
「同じことが苦手だとは、案外気が合うものだね」
「ふふ、そうですね」
狭間をぬけ、一瞬オルテンシア号は宙にふわりと浮かぶ。
浮遊感も束の間、また強い雨風が吹き付け、オルテンシア号は揺れた。
揺れが収まると、まとわりついていた雨を吹き飛ばすかのような強い風がオルテンシア号を包む。
そして煌々と照る太陽が現れ、真っ青な空が一面に広がった。
塔の世界にたどり着いたのだ。
「ああ、ここだ。懐かしいな……」
ジェームズが窓の外を覗きながら言う。一面の空が広がる中、天を突き抜けるほどの高さの塔がまばらにそびえ立っている。
そしてその塔の周りを飛ぶように街が浮かび、雲のように広がっていた。
「お客様、並びに乗務員に連絡です。当船はただいま塔の世界、空の国に到着いたしました。これより空中都市ソルシエールまで航行いたします。目的地到着まで今しばらくお待ちください」
船内放送が流れ、ジェームズとクロードは顔を見合わせる。
「そういえば、ソルシエールって廃都でしたよね。どんな思い出があるんですか?」
そういえばソルシエールのことについてなにも聞いていなかったとクロードが尋ねると、ジェームズは懐かしそうに目を細めて語り出した。
「ソルシエールは私が若い頃はまだ人が住んでいてね。その時に妻と一緒に見て回ったんだ。消えゆく都のわずかな灯火、と言っていいのかな。穏やかな人々の営みが感じられてとても素敵な街だった」
だが、ジェームズが訪れた直後に都市の放棄が宣言され、ソルシエールは遺跡として登録されることになった。ちょうど一つの都市が滅ぶ間際に、ジェームズは来たのだという。
「その時、妻と二人で歩いた空中歩廊があってね。街をぐるりと周る歩廊を二人で空を眺めながら歩いたんだ。あの時の景色は、本当に美しかった」
「良い経験をなさったんですね」
「ああ、本当に。だから、この歩廊を手紙と一緒に歩いたら、もしかすると魔法の手紙が開くかもしれない。そんな希望をもっているんだよ」
ジェームズの話を聞きながら、クロードはジェームズの願いが叶ってほしいと思った。
空中都市ソルシエールは今は廃都となり、遺跡として公開されている。歩廊ももしかすると保護されて通れるかもしれない。そこで願わくばジェームズの希望が叶ってほしい、そうクロードは祈った。
オルテンシア号は塔の世界をまっすぐに進む。
そびえる塔は天と地のつっかえ棒のようにまっすぐ伸びきり、上も下も覗き込めどキリがない。雲のように広がる空中都市は、孤立したソルシエールとは違い都市間に橋を渡し行き来を可能にしている。
空の上に暮らすということは、どういう感覚なのだろうか。クロードは足元がふわふわして落ち着かないような気がして少しばかり心配だ。
ジェームズにソルシエールの話を聞きながら時間を過ごしていれば、やがて窓に古めかしい都市遺跡が現れる。あれがおそらくソルシエールだろう。
「まもなくソルシエールに到着いたします。お客様におかれましては、お荷物お忘れ物がございませんよう沖をつけください」
アデーレの放送で、ソルシエールの空中桟橋にオルテンシア号が船体を寄せる。
間近で見るソルシエールは、遺跡と呼ぶに相応しい貫禄と朽ち具合で、年季の入った石畳にヒビの入った石柱、壁には無数のツタが這い回っている。
観光地として活用している分、看板や順路に置かれたポールは比較的新しい。
「停泊時間は二時間です。ごゆっくり散策をお楽しみください」
アデーレの放送にクロードは頷くと、ジェームズに手を貸して立たせてやる。
「ありがとう、話し相手にまでなってくれて」
「いいえ、僕もいろんなお話聞けて嬉しかったです。歩廊、歩いてこられるといいですね」
ジェームズが礼を述べる中クロードもお辞儀してジェームズを送り出す。ジェームズはにこにこと柔和な笑みを浮かべた。




