6-3 亡き妻のこと
フィグのババロアを運んだ際に、ウィンはルームサービスのチラシをジェームズに見せられる。
「ここに、話相手を指名できるとあるのだが……今回の食事のことも兼ねて、厨房のシェフと話しはできないかね?」
「ええ、もちろんできます。当船のシェフはクロードと申します。いつ頃お伺いさせましょうか?」
「では、デザートを食べ終えた頃に。よろしく頼みますよ、レディ」
「はい、かしこまりました」
ウィンは軽く一礼をして綺麗に食べられた料理を下げ、カートで運んでいく。
「クロード、話相手のご指名入りました~」
「え、僕? 珍しい事もあるんだなぁ」
「料理のことにも何か言いたかったみたいだし、ちょうどいいんじゃない?」
ウィンはなんてことないように言うが、実際に料理を出してシェフを呼べと言われると逆に恐ろしいことなのだ。口に合わなかっただとか、食べられないものがあったとか、クレームだった場合は目も当てられない。
「うーん、料理には万全を期してたんだけど……なんともないといいなぁ」
クロードは早速クレームではないかとヒヤヒヤしている。しかしウィンはそんな事で呼ぶということはないと思っているのか暢気に皿をシンクに置いていく。
「じゃあ、皿洗いよろしくね。ジェームズさんのところにも忘れず行ってよね」
そしてウィンは厨房を出ていってしまう。
クロードはそれでもヒヤヒヤとしたままだ。
「変なこと言われませんように……」
そんなおっかなびっくりの状態で皿を洗うものだから、危うく皿を落としそうになってしまった。なんとか片付けを済ませた頃にウィンがババロアの皿を下げてきたから、二度クロードはびっくりしてしまう。
「ひゃっ」
「わっ、ちょっとクロード、そんなにい驚かなくてもいいじゃない。それより、そろそろジェームズさんのところに行くんでしょ。皿洗いはあたしがやっておくから、いってきなさいよ」
「う~。わかったよ、いってくるから片付けよろしくね」
「任せて任せて」
そうしてエプロン姿のまま出てきたクロードは、身なりを軽く整えて客室に向かう。
ジェームズのいる部屋にノックをして、静かにドアノブを回した。
「失礼します」
「君がシェフかね?」
「はい、クロードと申します」
「クロード君か。急に呼び出したりして悪いね。まずは、かけてくれ」
椅子を勧められるままにクロードは会釈をしてテーブルに着く。クロードは何を言われるだろうと冷や汗をかいているが、それを表情には出さなかった。あからさまに慌てるようなことをしてお客の感情を乱すのはよくないと思っているからである。
ジェームズはじっくりとクロードの顔を眺めてから、にこやかに言った。
「君の作ってくれた料理、あれはとてもおいしかった。それから、懐かしい味がしたよ。ごちそうさま」
「……恐縮です」
よかった、とクロードは胸をなで下ろす。クレームではなかったことにまず安心していると、ジェームズからまた声をかけられる。
「昔、飛行船に乗って旅行していたときに食べた料理を思い出したよ」
「お若いときに旅をなさっていたんですか?」
クロードが聞くとジェームズは鷹揚に頷いて答える。
「ああ。昔から旅が好きでね、結婚してからも妻を連れて色んなところを旅行したんだ。家にいる時間より旅行している時間の方が長かったくらいさ」
「お好きだったんですね、旅行されるの」
「まあね。それで、妻と最初に旅行に行ったときのことを思い出してね。その時妻と一緒に食べたのも、こんなシュニッツェルだった」
クロードは緩く笑みながらジェームズの話に耳を傾ける。ぽつぽつと妻との思い出を語るジェームズの瞳は、眩しそうに細められている。
ジェームズの妻の名前はモニカというらしい。穏やかな春の日差しのような性格で、いつもジェームズの旅に付き添っては景色を慈しむように眺めていたという。
「妻はね、実は魔法使いだったんだよ。そこまですごい魔法は使えなかったけれど、行ったことのある場所の景色を壁に映し出せたり、花をいつまでも瑞々しく保てたりする、そんな小さくても気持ちが潤う魔法が使えたんだ。だから、一緒に旅をした先の景色を帰ってから二人でたくさん懐かしんだりしていたんだ」
「素敵な奥様なんですね」
「ああ。私にはもったいないくらいさ。でも、年には勝てなくてね。三年前に風邪をこじらせて、そのまま」
声のトーンが暗くなるジェームズに、クロードも眉を下げて頷いた。
「ご愁傷様です」
「それで、なんだが。妻は私に二通、手紙を残してくれたんだ」
ジェームズは懐から二通の手紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
一通は封が開けられ、中身を読まれたもののようだ。もう一通は封をされたまま、宛名が書かれる部分に「思い出の景色を見せて」とだけ書かれている。
「これは……?」
「一通は妻の遺言状だ。もう一通は、開けたくても開けられなくてね」
「どういうことですか?」
ジェームズはふっと息をついて言った。
「魔法がかかっているのさ」




