5-9 喧嘩の後
一方で、エーヴェルとクロードはサラを連れて港まで来ていた。
そろそろ夕方にさしかかる頃で、日差しも色づき海風も少し冷たくなっている。
「それで、弟さんと喧嘩しちゃったんですね」
行く道中サラから弟トーマスのことを聞いていたエーヴェルとクロードは喧嘩の原因と理由に納得する。
「親御さんの手紙が届かないってのも中々心配になるもんだが、郵便の不達が原因だったとはね」
いつも来るはずの手紙が来ない。国外からの郵便物は特に不達になりやすいからしかたないだろう。喧嘩の後サラが郵便局に問い合わせてようやく不達が発覚したのだから、中々に面倒な問題ではある。
「弟さんも心配になっちゃったんですよ。それでムキになって言い返して……」
「でも、私からもちゃんと言えなかったのは悪いと思っていて。調べてくるって言う前に家を飛び出されてしまったから、言えなかったのがずっと心残りだったんです」
「でも、心配になる気持ち、僕もわかります。大切な人からの手紙が届かなかったら、不安でしかたなくなるのもですけど」
「まあ、クロードのは心配性なだけだと思うけどな……いてて、耳引っ張るな」
「もう」
余計な口を挟んだエーヴェルにクロードがその耳を引っ張ってやる。痛い痛いと訴えるエーヴェルをぱっと離してやった後、クロードは不安げに手紙を握りしめるサラに目を向けた。
「サラさん、きっと大丈夫ですよ。もしオルテンシア号にトーマス君が行っても、あそこにはドグ……整備士がいますし。きっと保護して待ってますよ」
「そう、ですね。ありがとうございます」
サラはクロードに励まされ、なんとか気をしっかり持とうとした。しかしまだ不安なようで、心許なく視線を泳がせている。
そんなサラの手を滑らかな手つきで取り、エーヴェルがサラを見やる。
「大丈夫ですよ。そんな風に暗い顔をしないでください」
「エーヴェル?」
「いてっ」
隙あらば口説こうという素振りを見せるのだからクロードはついてきてよかったと思う。ぺしん、とエーヴェルの額を指で弾き、その隙にサラとエーヴェルの間に割って入る。
どうにも人が困っているというのに気楽なものだとクロードはため息をついた。
「サラさんはトーマス君になんて言ったんですか? そんなに気にしてくるくらいですし、きついことを言ってしまったとか?」
サラは困ったように眉を寄せて、それから申し訳なさそうに言った。
「そんな風にわがままばかり言っていたら、お父さんは帰ってこないよ、と。そういうつもりで言ったわけじゃなくて、素直に聞き入れてほしかっただけだったんですが……」
「まあ、あるあるだな。こっちのことも聞いてほしくてつい言ったことが、本人の気に障ったってやつ」
エーヴェルの言葉にサラは頷く。
「……はい。私自身、弟がそこにすごく執着しているとは思わなくて。でも今考えればひどいことを言ってしまったなって」
「トーマス君、お父さんに会いたかったんでしょうね」
「あの子、父が家にいたときはいつも一緒に遊んでいましたから。町外れの森まで行って、新しい道を見つけるだけではしゃいで帰ってきて」
「なんだかわかる気がします。親と一緒にいる時って、子供だったら特に楽しくてしかたない時間だったから」
クロードが遠くを見つめながら言う姿に、サラもエーヴェルも目を向ける。
エーヴェルも茶化すことなく、サラと一緒に沈黙を編んでいた。
そんな中、やがてラピエス社のドックに辿りつく。エーヴェルとクロードがドックの通用口を開け、サラを招き入れる。
「この先です。エーヴェル、先に行ってドグに話付けてきて」
「俺がか? といってもまあ、そういう雑用は俺の仕事だしな。わかったよ、行ってくるから少し待っててくれ」
ドッグから急ぎ足で搭乗口に入っていく姿を見送り、クロード達も搭乗口に向かった。
ドグが足音に気付いたのは同時刻、トーマスに機関室の機械を見せてやっていたときのことだ。
「ったく、今日は野暮な客が多いな……」
今度は誰だとドグが立ち上がると、急ぎ足の主はまっすぐ機関室の扉まで歩いてくる。社内の誰かと踏んだドグはスパナを片手にのそのそと機関室の入り口に歩いていく。
「おーいドグ爺! いるか?!」
「この軽薄なのはエーヴェルか。ああ! いるぞ!」
ドグ爺と呼ばれたドグはため息をついて機関室のドアを開ける。
鉄のドアを開けた先にはエーヴェルが立っていて、ドグは何事だと首を傾げた。
「エーヴェルか。なんだってこんな時に訪ねてくるんだ」
「まあそう固いこと言うなって。ちょっと人探しをしてるんだが」
「もしかして頭の茶色い小僧か?」
特徴を挙げたドグにお、とエーヴェルが声を上げる。
「そうそう。トーマスって言う十歳くらいの坊ちゃんを探しててだな」
「……なるほど、迎えが来たってわけだな。トーマス、おい、迎えが来たぞ!」
声を張ってドグはトーマスを機関室の奥から呼び出した。




