5-7 ドグの機関室
それから、ドグは隅に置いてあった工具箱を取り出す。中からスパナを取り出すと、すぐ側にある機関のネジが締まっているかを確かめ始めた。
「おじさん、船を直す人なの?」
「最初に言っただろ、整備士だって。こうやってこいつがちゃんと動けるかを確かめたり、壊れたら直してやるのが俺の仕事だ」
「そうなんだ……」
トーマスが縄から抜け出し床に座る。それから側にあったマグカップを取り、遠慮がちに一口コーヒーを飲んだ。
「っ、おじさん、これすごく甘いよ。苦いのと混じって変な味」
「子供舌だからな。砂糖くらい入ってた方が飲めるだろ。どのくらいの量かは適当だけどな」
スパナで次々とネジを確かめていくドグは、トーマスに目もくれずに言った。
それがトーマスの居心地の悪さを軽くしていたとは知らず、ドグは機関を点検して回る。
「この船はな、俺が設計したんだ。作るのにアデーレの手は借りたが、どこに何があるかは誰よりも知り尽くしてる」
そして昔話でもするかのようにドグは語り始めた。
「オルテンシア、って名前も俺が付けた名前だ。といってもまあ、俺のかみさんの名前を取って付けたんだが」
「かみさん、っておじさんの奥さんのこと?」
「ああ。大分前に流行病で亡くしちまった。元からそんなに体が強くない方だったからな。ろくに出歩いたこともなかったんで、いろんなところを代わりに見てほしいってんで名前を付けたんだ」
「そうなんだ……えっと」
ドグが妻を亡くしたことをさらっと言うものだから、トーマスはどう答えればいいかわからなくなった。
「おじさん……寂しくないの」
「寂しいか。大分前のことだからな、最初は寂しかったかもしれねぇが、今は平気だよ。坊主だって、その内寂しくはなくなるんじゃねぇか?」
ドグの言葉に、ぶんぶんと首を振ってトーマスは言い返す。
「そんなことないよ。お父さんが西の果てに行っちゃって、僕毎日寂しいんだもん。平気になるなんてできっこないよ」
「どうだろうな。最初は慣れてなくても、段々その寂しさに慣れていくもんだろうし、自分なりに落とし所をみつけるだろうしな」
「落とし所?」
「気持ちの切り替え方みたいなもんだ。坊主だってあるはずだろ」
「うーん……よくわかんないや」
「まあ、その内わかるだろうよ。ところで、坊主はなんで喧嘩したんだ?」
話題を変えてきたドグに、トーマスは口ごもる。ドグはトーマスに促すこともしないまま、他の場所のネジも締めに歩いて行った。
トーマスはその場に置き去りにされるのも心細かったのか、そっとドグの後をついていく。ドグは諫めもしなかったし、来るなとも言わなかった。
「飛行船って、ネジがたくさんあるんだね」
「ここは機関室だからな、こういう機械部品がたくさんあるんだよ。それにネジだけじゃねぇぞ、シャフトやら歯車やら、スパナで見れねぇ部品だって山ほどある」
「それ、全部おじさんが点検するの?」
「まあな。ただ、楽な仕事じゃねぇが苦にはならねぇな」
「飛行船なのに、外の景色が見れなくてつまんなくないの?」
トーマスに聞かれて、ドグはふむと考えてみた。そもそもオルテンシア号を設計したのは妻オルテンシアが亡くなってすぐのことだった。生前自由に外を出歩けなかった妻に代わり、たくさんの場所に行けるよう飛行船にしたのだ。
その時取り入れられて間もない異世界間航行の技術も取り入れ、異世界間旅行船として設計した。それを形にするときに困っているとき、ちょうどアデーレから話を持ちかけられオルテンシア号を製造するに至ったのである。
「それは……そうだな。こっち来てみろ、坊主」
ドグはトーマスを手招きしてずかずかと機関室の奥に進んでいく。トーマスがついて行くとドグは機関室の壁の一角をさして見せた。
「あっ、窓だ!」
ドグが指した壁には小さな丸窓が設えられており、そこから外の様子が少しではあるが覗けるようになっていた。
「強化ガラスの窓だ。小さいがここからでも景色は見えるんでな。それにいつもこいつの世話をしてるのは悪い気分じゃないさ」
「おじさん、この飛行船が好きなの?」
「そりゃあな。自分が作った船ってのもあるが、かみさんの名前を付けた分、大事にしてやらないと罰が当たるってもんだ」
トーマスにはそのあたりのことは上手く理解できなかったようだが、ドグがこの船を大事にしているのだということはわかったようだ。
「僕、難しいことはわかんないけど、おじさんも奥さんが好きだったんだね」
「……まあな」
ドグはぶっきらぼうに答えながら息を吐いた。
「それで、坊主。俺のつまらん話を聞かせたわけだが、お前の話もそうなると聞きたくなってくるぞ」
「えっ、僕のこと? でも……」
まだ言葉を濁らせるトーマスに、ドグは機関室の壁に背を預けながら言う。
「そんなにやましいことなのか? それとも、人に話すには恥ずかしいことか?」
「う、う~……」
唸るトーマスにドグは壁に背を預けたままでいる。どうやら話すまでドグも話さないことにしたようだ。トーマスの焦りばかりが大きくなる中だんまりを続けていれば、遂に耐えかねたトーマスが口を開いた。




