5-6 探検の理由
ドグは機関室にぐるぐる巻きのトーマスを下ろした後、厨房で社員用の即席コーヒーを淹れてきた。金属製の年季が入ったマグカップはドグの私物である。
それを二つ持ち、ドグはトーマスの元に戻ってきた。
「ふう、一息入れんとやってけんな」
「おじさん、これ僕に?」
トーマスは自分の前に置かれたマグカップに目を落とし、それからドグを見上げた。
「話の内容によっちゃ縄をほどいてやらんこともねぇ。話す気になったら言ってみな」
そう言ってドグは熱々のコーヒーを一口すすった。
トーマスは両手が塞がれているからコーヒーはもちろん飲めないのだが、機関室に放っておかれたことで少し頭が冷えたらしい。
「僕、西の果てに行きたいって言ったじゃん」
ぽつぽつと、トーマスが話し出す。
「西の果てまで探検したいのか?」
何度も探検隊、と言っていたことを思いだし、ドグが聞くとふるふるとトーマスは首を横に振った。
「探検じゃないよ。お父さんを探しに行くんだ」
「ほう、父さんか。コアト大陸に行ったのか?」
「うん。父さんは探検家なんだ。でも、他の世界に行けるようになってみんな他の世界の探検に行ってるのに、父さんだけこの世界にもまだ知らないところがあるはずだって、この世界を探検してるんだ」
異世界間航行が普及してからまだそれなりに経つが、その間にたくさんの探検家が未知なる世界を求めて異世界に飛び立ったことは記憶に新しい。そのおかげで多くの世界が発見され、そして多くの探検家が戻ってこなかった。
そうやってこの世界とは違う異世界が発見されて世界は広がっても、いまだフォレシア国のある世界はその全てが明らかになってはいない。コアト大陸がどこまで続くかも、コアト大陸の向こうにはどんな世界があるのかだってまだわかってはいないのだ。
トーマスの父はそのまだ見ぬ地平を明らかにするために探検をしにいったのだろう。
「それで、父さんを探すために船が必要だったってわけか」
こくんとトーマスが頷く。
「お父さん、ずっと帰ってこないから、僕が探しに行くんだって、お姉ちゃんと喧嘩して」
なるほど、とドグは合点がいく。およそ父のいない寂しさに耐えかねたトーマスが姉を困らせたのだろう。それで自分だけでも探しに行くとオルテンシア号に忍び込んだ。そんな筋だろうとドグは推測する。
「それで、自分なら父さんを探しに行けるとか言ってうちの船に忍び込んだんだな?」
端的に言い表せば、トーマスはしゅんとして俯いてしまった。
「あのな、坊主。この船は確かに遠くまで飛んでいけるけどよ、だからといってどこまでもいけるわけじゃねえんだ。お前が探しに行くって言っても無理があるんだよ」
「でも、この飛行船異世界間旅行ができるんでしょ、僕知ってるもん」
「そりゃ物知りだな。どこで知ったんだ?」
ドグが聞けばトーマスは得意げに答える。
「ラピエス社、の社長さんから! この飛行船を見てたら他の世界にも飛んでいける船だよって教えてもらったんだ」
「アデーレか……ったく、人がいいんだか悪いんだか」
子供にも答えるあたりがアデーレらしいとは思うが、その平等さで今はオルテンシア号がめちゃくちゃになっているのだが。
「だから、コアト大陸の向こうにも行けるのって聞いたら、もちろんいけるって言ってた! だから僕、この飛行船に乗って父さんを探しに行きたいんだ」
遠い星の輝きを見つめるような瞳をされると、どうにも現実を突きつけるのが億劫になってくる。ドグはどういえばいいかと言葉を選びながら言った。
「坊主。確かに遠くまで行けるほどこの船はすごいけどな、でも遠くに行くには入念な準備が必要なんだ。昨日今日で出発して知らないところに行くってのは、すごく難しいことなんだぞ」
「じゃあ、コアト大陸の向こうには行けないの?」
「行けないというか……すごく難しいとは言えるな」
そんな、とトーマスが落胆の表情を見せるが、ドグは訂正するつもりはなかった。こういうときにきっと行けるなんて夢のようなことを言って聞かせても、いつかそれは嘘だったと思うときが来る。そんな嘘で今のショックを和らげるくらいだったら、現実に慣れさせて受け止めさせた方がいい。
嘘に突き放される喪失感よりは、現実にぶち当たった痛みの方をドグは取りたかった。トーマスにそうあれとは思わないが、ただ自分のスタンスを守りたいだけのことである。子供相手にドグも随分と子供らしい対応をするものだ。
「じゃあ、お父さんにはもう、会えないんだ……」
泣きそうになるトーマスを見下ろしていたドグは、マグカップを置いて立ち上がるとおもむろにトーマスの縄を解いてやった。
「おじさん……?」
「悪気がないのはわかったからな。冷めてるかもしれねぇが飲みたきゃ飲め」
ぶっきらぼうに言ってドグはまた腰を下ろした。




