5-3 トーマス少年
ドグにとっては寝耳に水だ。外で点検をしていたと思ったら船内からドタバタと物音が聞こえてくる。何事かと駆けつけてみれば船内の居住区部分が荒らされていたのだから驚きだ。幸い機関部に入られてはいないから良かったものの、船を荒らした犯人にはどう落とし前をつけてもらおうか。
目の前に座らせた茶髪の少年を前に、ドグは唸る。
「あの、おじさん……」
恐々とドグを見つめる瞳に、ドグは値踏みするような目でトーマスを眺める。
「何しにきた? 見た感じコソ泥ってわけじゃあなさそうだが」
「コソ泥じゃないよ、僕はトーマスっていうんだ」
「そうか。で、なんでこの船に忍び込んだんだ?」
「それは……っ」
「言えねぇようなことか?」
言葉を詰まらせるトーマスに、ドグが詰め寄る。強面の男が詰め寄って怖いのだが、いかんせん体のずんぐりむっくりさでトーマスは怖がりきれないようだった。
「お、おじさんこそコソ泥じゃないの? だってほら、顔、めちゃくちゃ怖いし」
はん、とドグが鼻で笑う。
「俺はこの船の設計者兼整備士だ。この船の面倒を見るのが仕事なんだよ」
「ぼ、僕だって探検隊なんだ、飛行船に乗る権利があるんだ!」
トーマスも一生懸命言い返すが、ドグにとっては船荒らしの子供にしか見えない。
「あいにく探検隊を乗せる依頼は来てねぇぞ」
その言葉にトーマスはびくつくが、負けじと言い返す。
「だったら、ちょっとくらい貸してくれたっていいじゃん! トーマス探検隊には飛行船が必要なんだい!」
「言われたからはい貸しますなんてならねぇんだよ。ったく、うるせぇな」
ドグがめんどくさそうに頭をかきながら言う。
「理由があるなら話してみろ、言えないなら保護者に連絡だ」
「やだよ! 飛行船がいるんだってば!」
そう言ってうずくまるトーマスが面倒になってきて、ドグはポケットをまさぐった。
「面倒なガキだな。保護者呼ぶからフルネームを……」
「……今だ!」
そしてドグがメモ帳を出そうとした一瞬の隙をついてトーマスは横をすり抜けるようにして逃げ出した。うずくまっていたのは逃げ出す機会を窺っていたからのようだ。完全に油断していたドグは驚いて尻餅をついてしまう。
「あだっ! まてコラ!」
「捕まんないもん! 絶対この船で飛んでやるっ!」
一気に走り出したトーマスを追いかけようと慌ててドグも立ち上がりトーマスを追いかける。
展望室を飛び出したトーマスは一目散に廊下を走っていき、ドグはすぐに見失ってしまう。
とりあえず近場の客室をあたってみるが、荒らされたベッドの他に見えるものはない。ベッドに潜り込んだのかと思いドグがシーツをめくってみるが、もちろんいなかった。
今度はどこだと隣の客室、スタッフルーム、厨房を順々に回っていくが、どこにもトーマスはいなかった。
代わりに、荒らされたままの部屋の状態が嫌というほど突きつけられる。客室のベッドはウィンが整えていた姿など跡形もなくめちゃくちゃにされ、カーペットも足跡だらけだ。厨房は冷蔵庫が開けっぱなしになって食材が放り出されていた。あとでクロードがカンカンに怒りそうだ。
スタッフルームだけが唯一そこまで手がつけられていないくらいか。
あとは機関室への入り口だが、子供の力であの鉄の扉があけられるとは到底思えない。
倉庫は鍵がかかっている、となると残るはデッキである。
「坊主! 出てこい!」
ドグが追いかけながらデッキに続く階段を登っていくと、案の定デッキに続くドアが開かれていた。
デッキで暴れられたら最悪船から落ちてもおかしくない。ドックにいるとはいえ人が落ちたら怪我では済まない高さはあるのだ。
「坊主! どこだ?!」
デッキには操舵室があるのみだ。ざっと見渡してトーマスが見当たらないことを確認したあと、ドグは操舵室に入る。
そこには舵を取ったトーマスがなんとかして船を動かそうと躍起になっていた。
「えい、えいっ! 動け、トーマス探検隊発進だ!」
機関を停止したオルテンシア号はそう簡単に起動しない。だが変なところをいじられて異常が出るのも困る。第一もうどこかいじられたかもしれない。これ以上を被害を出さないためにもドグはトーマスを引き離すことにした。
「坊主!」
ドグはトーマスの首根っこを引っ掴むとぐいと力強く舵から引き離す。
小さな体からは想像もつかないほど強い力にトーマスはわっと驚いて舵から手を離してしまう。どすんと尻餅をついたトーマスはドグに捕まったままじたばたと暴れるが、ドグの力は強く抜け出せそうにない。
「放せよ、放せったら!」
「そう言われて放す人間じゃねぇんだ、俺はよ。とにかくいいか、保護者の名前を聞く前に色々とお前のことも話してもらうからな。理由もわからず飛行船荒らしだって思われるよりかは事情を知ってもらった方が納得いく判断ができるだろうよ」




