5-1 オルテンシア号の休日
年がら年中飛び続けるオルテンシアとて、休む時がある。航行を終えてラピエス本社に帰投したオルテンシア号はフォレシア国王都の港に停泊した。バイアルランドを二分するフォレシア国王都、そこがラピエス社の本社がある街である。ウィンやエーヴェル、クロードたちは一足先に休暇だと街に繰り出している。
アデーレとユヅルハは業務をまとめるために本社に行き、残ったレアと機関部を任されているドグが整備担当だ。港からラピエス社所有のドックに船を動かし、オルテンシア号はゆっくりとドックに向かっていく。今朝方王都に到着したばかりで、今はちょうど昼前だ。日差しはさんさんと降り注ぎ、心地よい海風が吹いてきている。
そこから整備のため入渠するのだが、整備はほぼドグ一人によってまかなわれていた。
レアがラピエス社のドックにオルテンシア号を停めると、伝声管で機関室に通達する。
「ドグ! ちゃんと船停めたからね! 整備の方よろしく頼んだよ」
「おう、任せとけ」
ぶっきらぼうな返事が返ってくるがいつものことである。伝声管の先にいる整備士ことドグはオルテンシア号専属の整備士だ。
そもそもオルテンシア号はドグがほぼ全て設計したものだ。アデーレは製造のための人手を集めたくらいで、ほとんどドグの船といっても過言ではない。
そんなオルテンシア号を今は巡りに巡ってアデーレが所有している。だがドグは設計者として、また船への愛着から機関室で常に整備を行なっていた。もちろん雇い主はアデーレである。
レアから機関停止の旨を聞いたドグは、早速停止した機関部の点検を始める。
少しいかつい風貌の男性ではあるが、体自体は子供ほどの背丈しかなくずんぐりむっくりだ。顔だけ見れば強面だが、体のずんぐりむっくりさの愛嬌ででかなりアンバランスな見た目をしている。
だがそもそもが鍛治に長けたドワーフ族なのだ、手先の器用さと機械の扱いは目を見張るものがある。
そんなドグにぴったりと言っていいほど機関室は機械部品と金属部品で埋め尽くされ、パイプの手すりの下にはドグが寝泊まりしている寝床が隙間に押し込まれている。
短い顎髭をさすり、うむ、とドグは唸る。
ドグは機関室に住んでいるが、これはあてがわれた部屋を使うよりこちらの方がすぐ対処できるというドグの言い分からだという。スタッフルームのロッカーも使わず、機関室に寝床やら私物やらをまとめているのだから筋金入りである。実際ベッドより機関室の方が居心地がいいんじゃないかとエーヴェルにからかわれたくらいなのだが、本人は満更でもない顔をしたのだというから、侮れない。
なにより大切なオルテンシアをすぐ見てやれるように側にいたい。この船のどこが不調になったとしてもすぐに修理できる場所にいたい。そんな思いからドグはオルテンシア号の機関室に住み込んでいるのだ。
そしてそんなドグが唸っているのは長距離航行で負担のかかった部分だ。まだ使える程度の傷みとは言え、万全とは言い難い。
そのほか交換した方がいい部品を見繕うと、伝声管でレアに言い付ける。
「レア! 交換部品のリストを上げとくからアデーレに伝えといてくれ」
「はいよ」
細々した部品から大きな部品まで一通り読み上げたあと、レアに伝言を頼む。
レアからの通信を切った後は、機関部の隅から隅まで点検していく。
制御系は操舵室に回してあるが、その制御系によって動かされているのがヴリル機関だ。ラピエス社のある世界で最近発見されたエネルギーで、今はもっぱら飛行船や船の動力源となっている。
このヴリル機関の力で、オルテンシア号は異世界へ飛ぶことができるのだ。
「こっちは問題ねぇな、そっちは……」
点検と整備を交互に繰り返し、ドグはオルテンシアのメンテナンスをしていく。一つ一つ丁寧に部品の点検と補修をして、ピカピカになるまで磨いて回った。ネジがちゃんとしまっているか、シャフトは歪んでいないか。常日頃から点検していても、気になってしまうのが整備士というものだ。
二度三度点検を重ねた上で、ドグは船の外側の設備も見てこようと工具箱を片手に歩き出す。
一方レアはオルテンシア号から降りると、交換用の部品を手配しにメモを広げた。と、そこで一瞬人影らしきものが視界の端を掠めたが、レア自身長期の航行で疲れ目だったこともあり、見間違いかと目をこする。
「だいぶ疲れたからねぇ。ゆっくり目、休めとかないと……」
眉間を軽く指で揉んだあと、レアはドックから出ていく。
その様子を、小さな人影が物陰からずっと見つめていた。
レアが見えなくなったあと、その人影は小さく息をつく。そしてレアの降りてきた搭乗口に忍びこみ、オルテンシア号の中に入って行った。
それと入れ替わるようにドグがデッキに出てきて、外回りの設備の点検を始めた。




