4-10 いつか星の海で
星の海を見上げながら、エリーはデッキで仰向けに寝転んでいた。ずっと見上げる空には、変わらず満点の星が瞬いている。
自動航行モードに入ったオルテンシア号は、星の海をゆったりと泳いでいる。波音と駆動音だけの、静かな夜空の下だ。
「お姉ちゃん、なわけないよね……」
星とは、いなくなってしまった人が象られた精霊のようなものだとエリーは思っていた。だが、実際はもっともっと現実的で、現象としてでしかなく、ほのかな期待も打ち砕く無情な事物としてそこにあった。
きっと星になって見守ってくれる、とは、星空を見て慰められたい人が思いついた作り話なのだろう。星を見てそう思ってしまった自分は、きっと夢のない人間だ。そうエリーは感じた。
それでも、自分は星に訴えた。姉に聞こえないことがわかっていても、姉にはきっともう届かない言葉だと知っていてなお、星に語りかけた。
それがどうしてかは、まだエリーには答えが出せない。
デッキの入り口が開き、二人分のマグカップを持ってレアが現れた。
「ほら、そんなところで寝転がって星を見てるのかい」
「レアさん」
エリーが起き上がると、レアが湯気の立つマグカップを差し出す。どうやらココアのようだ。
「クロードに入れてもらったんだ。航行お疲れ様ってね。ほら」
「は、はい。ありがとうございます」
エリーはマグカップを受け取ると、ぺたんとデッキに座ってまた星を見上げた。
「レアさん、私、ここにきてほんとによかったんでしょうか」
「来てみて予想と違ってたかい?」
「違ってたっていうか、なんか、綺麗だけど、お姉ちゃんはきっともういないんだ、ってもっと強く思うだけで」
「でも、あんたの姉さんにはちゃんと言いたいこと言ってたじゃないか」
「それが、どうしてかわからなくて。どうしてもういない人にこんなこと言ってるんだろうって、でもどうしても言いたい気持ちは収まらなくて」
「いいんじゃないかね、そういうの言っても」
もういないとわかってなお、亡き人に伝えたいことだってあるのだろう。それがただの自己満足だとしても、自分が納得したいだけの行為だとしても、言って気が晴れるのなら、言ってもいいとのではないだろうか。
「あんたは姉さんがいなくなったことをここでちゃんと受け止めたんだ。受け止めて、あんたの姉さんの存在を抱えて生きていくためにあんなことを言ったんじゃないかね」
「いなくなった人を抱えるって、もういないのに?」
「思い出とか、記憶とか。その人が残してくれた気持ちが色々あるだろう? そういうものを置いていくんじゃなくて、これからも忘れず抱えて生きていくのが、あんたが姉さんにできる一番のことだとあたいは思うけどね」
そうレアに言われて、エリーはマグカップを抱えたまま俯いた。
「そうかな……本当にお姉ちゃんのこと、受け止められたのかな」
「それはこれから実感していくんじゃないかね。あんたはまだ子供なんだし、もう少し大きくなったらきっと今抱えたものがどんなものかわかってくると思うよ」
で、とレアは自分のマグカップを差し出して言った。
「すっきりしたかい?」
エリーはきょとんとしていたが、意味がわかるとはにかみながら頷いた。
レアはその笑みを見てにいっと笑みを見せる。
「じゃあ、乾杯だ。ここまで来たあんたに」
「……はい!」
カツン、とマグカップを合わせて二人は乾杯する。そして温かなココアを一口。
「あの、レアさん」
「ん?」
ココアにほぐされたのか、エリーが空を見上げて言う。
「私、今度は自分の力でここまで来ようと思うんです。ここにお姉ちゃんはいなくても、ここでお姉ちゃんのこと抱えていくって決めたから。いつかもっと大きくなって、自分で船を作って。それからここに来たら、きっとまたわからなかったことがわかると思うんです」
「そうかい。なら、頑張るこった。でも、結構大変な道だよ?」
構わない、とエリーは首を振る。
「いくつになっても、どんなに時間がかかったとしても、私、絶対自分の力でここに来たい。だってレアさん、教えてくれたじゃないですか」
好きなことだったら、きついことも辛いことも楽しくなるって。
「私、お姉ちゃんも、こうして世界を飛ぶことも好きだってわかったから。だから、それに一生懸命になりたいんです」
レアはそう語るエリーの横顔を見やる。
エリーの瞳は、星の海に負けじと純粋な光を灯し輝いていた。
それを見てレアはああ、と頷いて応える。
「それはいい心がけだよ。あんたの旅路に、幸多からんことを願ってる」
「ありがとうございます。それで……なんですけど」
レアが促すと、エリーは照れくさそうにしながら、申し出た。
「その時は、また、一緒に星を見てくれませんか?」
そんなささやかな願いに、レアはそっと頷いて言った。
「もちろんだよ。いつでも呼びな」
ささやかに結ばれる約束は、いつか星の海で叶えられるだろう。




