4-7 光陽海より
次の日、朝食の後エリーはウィンにレアの手伝いをしたいと持ちかけていた。
スタッフルームで準備をしていたウィンは小首を傾げて言った。
「レアの手伝いをしたいの? 今日頑張ってベッドメイクの極意を教えようとまとめてきたのに」
「すみません、どうしてもレアさんのお手伝いがしたくて」
「でも、後輩君は地図とか読める?あたしはさっぱりなんだけど」
大丈夫だろうか、と首を捻るウィンに、エリーは自信を持って答えた。
「それだったら、大丈夫です。簡単ですけどレアさんに教えてもらいました」
「え、それでわかったの地図の読み方」
「はい、結構コツを掴んだらすぐに」
「え、え〜!」
信じられない、といった風に驚くウィンの横で、エーヴェルがにまにましながら言う。
「いいんじゃないか? もしかしたら俺たちみたいな雑用よりそういう専門的なことに取り柄があったのかもしれないぞ?」
「それなら良かったんじゃない? エリーちゃんもよかったね、自分に合う場所が見つかって」
それに便乗するようにニコニコとクロードも頷いてくる。
「もう、なによ二人とも。でも、後輩君がいい、って言うならそれを聞いてあげるのも先輩の役目よね、いいわ! あたしが許します! レアのところできちんとお手伝いしてくること!」
ということで、めでたくエリーはレアの手伝いを許可されたのだった。
オルテンシア号が飛ぶのは光陽海上空。海風の強い中、エリーはレアのいる操舵室に向かう。
「あ、おはよ。昨日はしっかり眠れたかい?」
「おはようございます、レアさん。レアさんは……?」
「自動航行と交代で宿直さ。こういうのは体力勝負でもあるからね。心配はいらないよ、休める時に十分休んでるから」
そんなに大変なこととは思わずエリーは目を丸くしてしまう。
「夜通し操舵室にいるんですか?」
「まあね、そこに簡易寝台があるだろ? あそこでいつも寝てるのさ。飯ばっかりはクロードに持ってきてもらってるけどね」
昨日は気づかなかったが、操舵室の後ろには折りたたみ式の簡易ベッドが置かれている。今は畳まれているが、夜はここで寝泊まりをしているのだ。思ったよりも操舵士の仕事は大変なようだ。だというのにレアは嫌がるそぶりも面倒そうにすることもしていない。
「あの、レアさん。こんなにきつい仕事なのに、嫌になったりしないんですか?」
率直に聞いてみた。レアは少し考えた後、あっけらかんと答える。
「いいや。あたいにはこれが一番合ってるからね」
「休むのだって満足にできなさそうなのに」
うーん、とレアは唸ってからエリーに言う。
「そういうただきつい辛いで考えることじゃないからね。そういえば、あんたのことはたくさん聞かせてもらったけど、あたいのことは話してなかったね。手伝いがてらちょっと聞いてくれやしないかい?」
「は、はい」
そうだね、とレアは舵をとりながら言った。
「あたいは空を見るのが好きなんだ。空を飛ぶのもね。その好きなことに夢中になれる仕事がある。簡単だけど、それだけなのさ」
「つまり、空を飛ぶのが好きでそれをずっとやっていられるから、この仕事をしているってことですか?」
「まあ、あんたの言う通りだね。単純なもんだろう? あたいは好きなことをとことんしたいから、この仕事に就いてるのさ。好きなことって不思議なもんでね、どんなに辛かろうときつかろうとむしろ楽しくなってくるんだよ」
「きついとか辛いとか感じるのに、楽しいんですか?」
エリーはよくわからなかった。どんなに好きなことでも、きついとか辛いことがあったらそれは嫌になるものじゃないだろうか。やめたくなるものじゃないだろうか。だというのに、レアは楽しいという。
「楽しいさ。この辛いことも乗り越えたら、もっと好きなことが輝いて見えるんだから。それに、きつい辛いをただ感じて嫌がるより、それに向かって取り組める方が頑張れた気がしてあたいは好きだけどね」
だってそうだろう、ただ甘いだけの飴よりも、酸味や苦味も含んだ飴の方が美味しいと感じるようなことなんだから。
「私には、ちょっと難しいです」
「だったら、そのうちにわかってくるようにすればいいさ。今はまだわからなくても、あたいの言ってることがいつかわかる時もあるはずだし」
レアはそんなことを言うが、エリーはまだそれが何を意味するかわかっていない。いつかわかる日が来るのだろうか。
さて、とレアは舵を取り直す。
目の前の景色は光の眩い中少しずつ風が吹き荒れ、雲がかげりを見せ始めていた。
「地図の読み方は教えたね。そろそろ光陽海の終わり、世界の狭間に到達するよ。着いたら世界の狭間を抜けるまでここから出られないからね。いい?」
「……はい!」
レアは伝声管でエリーの所在とこれから世界の狭間に入ることを伝え、目の前の計器をいじり始めた。




