4-5 レアの操舵室
デッキに出ると強い風が吹き渡る。バタバタとスカートの裾が揺れ、エリーは裾をぎゅっとまとめてデッキの端まで歩いていった。常明の国を出たばかりで、朝でも変わらず日は高いままだ。眼下に広がる紫の草原が、地平線の向こうまでずっと続いている。
このまま船を降ろされたらどうしよう。そんな不安でエリーは泣きたくなるほどだ。星を見にいけなかったら、あの時のまま伝えたいことも伝えられないままだ。それだけは嫌なのに、どうすればいいんだろう。
涙を堪えるエリーの耳に、拡声器からレアの声が聞こえてくる。
「今デッキに出てるのはエリーだね? そんなところで突っ立ってないで、あたいの操舵室に来な!」
威勢のいい声に最初エリーは気圧されたが、声のした方を見やればデッキの先、ちょうど展望室の上の辺りに小さな小屋の様な部屋が立っている。
エリーがその部屋に近づくと、また拡声器からレアに「入っておいで」と招かれた。
恐る恐るドアを開けて中に入ると、部屋の真ん中にサングラス姿のレアが舵を握って立っていた。周りにはたくさんの目盛りがついた計器が所狭しと並べられ、その他にも地図が置かれた小さな台やコンパス、包囲磁石などの道具がごちゃごちゃと置かれている。
「どうだい、船の乗り心地は」
レアはその中で舵をとり、まっすぐに地平線の境界を見つめていた。
エリーはレアの後ろでしょんぼりと肩を落とす。
「お手伝い、頑張ろうとしたんですけど……どれもうまくいかなくて。引き返して認められずに放り出されたらどうしようってなっちゃったら、どうしようって」
「だからといってアデーレは船を降りさせるようなことはしないよ」
そんなエリーの不安を払拭するようにレアはあっさりと言ってのけた。
「大丈夫なんですか? ウィンさんにも、ユヅルハさんにも、エーヴェルさんにも迷惑かけたのに……」
「大丈夫だよ。あいつらはそんなことで目くじらたてたりしないさ。それに、あいつらの仕事が合わなかったんなら、別のところに適性があると捉えればいいじゃないか」
「別の適性……?」
首を傾げるエリーに、レアは自分の隣に立つように言った。エリーが「失礼します」と横に立つと、舵を握るレアは横目でエリーに外を見るよう促す。
エリーが窓越しに目を凝らすと、そこにはデッキからは見えなかった前方の景色が広々と広がっていた。紫の平野の上、はるか遠くにうっすらと渦巻く雲が見える。
「あれ、遠くに何か嵐が見える……」
「へえ、目がいいじゃないか。あれは世界の狭間だよ。近くに行くと風が雲を巻き上げて壁みたいにしてんのさ」
「世界の狭間……!」
常明の国の光が届かない場所。夜というものが存在する、外の世界に通じている。
「でも、あたいたちが行くのはあの狭間じゃないね。あれを通り過ぎた先さ」
レアは片手で地図のある場所に指を立てる。
光陽海の果て、正真正銘地図の端だ。エリーは少し考えながら地図を覗き込む。
「光陽海の向こうは、何もないって言われてたけど……あっ、そこにも世界の狭間があるんですか?」
「その通り。エリー、あんた操舵士に向いてるかもしれないね」
レアに褒められ、少しだけエリーはくすぐったくなる。
「光陽海を抜けた先、あたいたちが行くのはそこから先に広がる海だ」
「世界の狭間を抜けても海なんですか?」
「世界の狭間なんていろんなところに通じてるからね。海の底に空が広がってたり、空を抜けたら地下空洞だったりなんてことはザラさ。どこにつながっていてもおかしくなんてないよ」
「そうなんですね。私、考えたこともなかった」
エリーは常明の国しか知らない。だからこの先がどこにつながっているのかとても気になった。
「あの、アデーレさんは星の海に行くって行ってましたけど、星の海ってどんなところなんですか?」
ああ、とレアは頷いて答える。
「あたいも遊覧飛行でたまに行くけどね、なんていうか、海の中みたいな場所だね、星がそこらじゅうで光って、どこを見ても星だらけの綺麗な場所さ」
「星って、一つしかないんじゃないんですか?」
「ん、そっか。あんたは星を知らないんだったね。星っていうのは数え切れないくらいあって、いくつも夜空で輝いているもんだよ。たまに星が集まって河に見える時だってあるのさ」
「そんなにあるんじゃ、どれがお姉ちゃんかわからなくなっちゃうよ……」
ぼそ、と呟いたエリーにレアはそういえば、と話を振る。
「あんた、星が見たい、って熱心に言ってたけど、実のところどうして星がそんなに見たいのか聞いてなかったね。よかったら話してくれないかい?」
レアの言葉に、エリーは一瞬黙った。しかし意を決してエリーはレアを見つめて言った。
「私、お姉ちゃんに会いに行きたいんです」




