3-10 花と夢
船内に戻ったエーヴェルとプリムローズたちは、改めてアデーレに報告がてら支配人室に赴いていた。
「報告の通り空賊一人を捕らえ、ソムニウム籍の男を一人保護しました」
「報告ありがとう。諸々の弁償は空賊引渡しの時にするとして、どうしてソムニウムの人間が世界の狭間に?」
アデーレの最もな問いにプリムローズの肩を抱いていた男はマスクとゴーグルを外し素顔をあらわにする。
目が覚めるほど鮮やかな赤い髪を束ねた青目の好青年がそこにはいた。
「申し遅れてすまない。ソムニウム子爵家が長子、ローカス・ソムニウム、故あってこの船にお邪魔させてもらった」
その場にいた全員が驚き、そして顔を見合わせる。
「そこまで驚かなくても結構。私も驚かせ慣れているからね」
「まあ、またお忍びでしたの? でもローカス様、どうしてこんな世界の狭間まで」
プリムローズの言葉にああ、と大きく身振りをつけてローカスはプリムローズの手を取った。
「君が嫁ぎにくるといった一月の間、私は一日千秋、むしろ万でも億でも足りないほどに待ち焦がれていたんだ。爺やに嫌味ったらしく君の名前を呼んだ回数をカウンターで数えられてもなお僕の思いはとどまることを知らない!」
「まあ、まあローカス様……!」
「そして君がこの宵の国までやってくるこの日! 私は待ちきれなくて飛行艇で君を迎えに行こうとここまで来たんだ、そして君に出会えた! これを運命と言わずしてなんと言おう!」
「その日来るってわかってたんなら運命じゃなくてただの予定だろうが」
ぼそ、と呟いたエーヴェルの脇をアデーレが肘でつつく。
「とにかく、プリムローズ嬢のお迎えを自らなさりたかったのですね、そうでしたら、ご連絡くださいましたら対応致しましたのに」
アデーレが残念そうに言えば、構わないとローカスはかぶりを振る。
「いいや、今日この日プリムローズと再会できただけで、私はもう満足なんだ。そこまでの険しい道のりだって、美しい思い出となる」
「ローカス様!」
感激するプリムローズに、エーヴェルは割って入る。
「ところで、なんだが。プリムローズ嬢、あんたは結局どうしたいのか決めたのか? 感激してばかりでそこが疎かになるとよくないと俺は思うけどな」
「まあ、まあ!」
プリムローズは目を丸く見開いたあと、恥ずかしそうに視線を下げた。
「私、とても愚かだと自分を思っていますの。ちゃんと見つめもしないでその場の感情に振り回されて、本当に大切な方が誰なのかを見失っていた……私、ずっと自分がローカス様にふさわしいか、また移り気が出てローカス様のことがどうでもよくなってしまったらどうしようとか、考えてばかりだったんですの。でも、ここに入るエーヴェル様とお話ししてわかったんです」
そして目の前の相手、ローカスを見上げてしっかりと言う。
「ローカス様、私あなたの花になりますわ。あなたの元で咲き誇る、とびきり美しい花に」
「なら、俺のことは綺麗さっぱり」
ほっとしてエーヴェルが言おうとするところを、プリムローズが遮る。
「もちろん、あなたも大切な人でしてよ、エーヴェル様」
「は?」
「あなたも私を助けてくれた恩人ですもの。ローカス様の伴侶に私はなりますけれど、私にとっての騎士様はあなたですわ、エーヴェル様」
「ええと、それはつまりローカスの旦那とは結ばれるが、俺はついでに好きになっておくとか、そういう……?」
「大切な人への好きは恋だけではありませんわ。あなたは私の大切なお友達でしてよ」
「はぁ……別に本命じゃないなら構わないけどな……」
にこやかにお友達宣言をされて、なんだか腑に落ちないエーヴェルだった。
「君はこの旅でとても素敵な友人を作ったんだね、なんて素晴らしいんだ! ますます君のことが好きになってしまう!」
「それはそれは仲がよいことでなによりです。こんな狭い部屋で話すのもなんでしょう、エーヴェル、お二人を客室にお連れして」
アデーレはにこやかな表情のままエーヴェルに案内を頼むとプリムローズたちを支配人室から出してしまった。三人が出て行ったあと、ふう、とアデーレは息をついた。
「暑苦しいわね。でも、なんとかなったんなら、それはそれでいいか」
エーヴェルには苦労をかけるが、今度停泊したときに飲みにでも連れて行こう。その分のケアだって社長であるアデーレの仕事だ。
と、そこに急足でエーヴェルが部屋に入ってくる。
「支配人、プリムローズ嬢が結婚式にうちの会社招待したいって言い出してきたぞ」
「あら、あらららら」
突然のプリムローズの申し出にさすがにアデーレも足を滑らせてしまう。
あたふたするエーヴェルに、少し考えてみたあと、アデーレは朗らかに笑いながら言った。
「じゃあ月待で少し休暇を取りましょうか。貴族の結婚式なんて滅多に出られないんだから出るだけ出て立食会でお腹いっぱいになっていきましょ」
「ほんと、あんたいっつもあっさり決めるよな〜」
「そりゃ、社長ですからね」
「じゃあ、他の連中にも言っておくからな」
念押しのように言って部屋を出ていくエーヴェルに、アデーレはのほほんとしながら手をひらひらと振った。




